見出し画像

Essay: Z世代は終わりの世代

私はZ世代やミレニアム世代という言葉が嫌いである。なんだか軽薄な雰囲気がつきまとっていて、馬鹿にされているような感じがあるからだ。ビジネスシーンで巧みに使用されていることも、Z世代はこういうものだという風なテンプレがつくられていることも腹立たしく思っている。今回は、その違和感を紐解いてみたい。


資本主義がもたらす市民のゾンビ化

ゾンビという概念を生みだしたのは、映画監督のジョージ・A・ロメロである。初めてゾンビが登場した映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)は、ベトナム戦争の風刺としての側面が強い。ゾンビ自体が明確に意味を付与されたのは、続編に位置する『ゾンビ』(1978)である。物質主義・消費主義が加速する70年代、アメリカの市民は休日になると考えもなしにショッピングモールへ足を運んでいた。その様を批判的に映し出したといえる。

現代にも相変わらず資本主義は台頭していて、帰属する企業からの規律訓練によって生活は労働に吸収され、たまの休日を快適に過ごすことに頭を働かせる余裕がないので仕方なくショッピングモールへ足を運ぶ。つまりゾンビという概念の最大の意味は、無文化や無知性、そして無個性である。そしてこの記事では、現代の若者世代(いわゆるZ世代)こそまさしくゾンビに近づいていることを論述し、警鐘を鳴らしておきたい。誤解を招くといけないので先に釘を刺しておくが、私もZ世代である。昔はよかったが今の若者は、のような老害発言でないことだけご理解いただきたい。

休日は脳死でショッピングモールに赴くゾンビ(市民)

Z世代とテクノロジー

いったんZ世代の特徴を確認しておく。しばしば説明される内容としては次のようなものがある。Z世代とは?ミレニアル世代との違い・6つの特徴・心をつかむ3つのポイント | PR TIMES MAGAZINEを参考に3点の特徴に絞ってみる。

特徴1.デジタルネイティブ

10代前後でスマホやパソコンなどを手にしていることもあり、デジタル機器を使いこなしている人が多いことが特徴。生まれた時点でさまざまなデジタル機器がそろっていたため、もっともデジタルネイティブに近い存在ともいわれている。くわえてSNSネイティブでもあり、各SNSを使いこなして情報収集を行い、知人とコミュニケーションを取ることができる。

特徴2.コスパと並び「タイパ」を重視

払ったお金に対してどんな効果があったかを示す「コスパ(コストパフォーマンス/費用対効果)」と同様かそれ以上に「タイパ(タイムパフォーマンス/時間対効果)」が重視されている。お金と同じように、自分が使う「時間」の価値を大切にする考えで、短時間で満足感を得られる「タイパ(タムパ)が高い」モノやコトの消費がさかんな傾向にある。「SHIBUYA109 lab.」がZ世代を対象に行った映像コンテンツの楽しみ方に関する調査によると、「あなたはタイムパフォーマンスを重視しますか」との問いに85%が「重視する」と答えている。動画を「倍速視聴」する人は48.6%、「スキップ再生(映像を飛ばしながら見る)」は51.5%と約半数を占めており、コンテンツ消費のあり方も「タイパ(タムパ)」重視であることがうかがえる。

特徴3.自分にとっての価値を重視した消費行動

Z世代はブランドや商品の知名度よりも、自分にとって価値があるものにお金を使う傾向がある。3社が共同運営する「Z世代会議」が若者の価値観やライフスタイルに関して行った調査によれば、価値観やライフスタイルに関する上位10項目のうち、2位に「自分が気に入れば有名ブランドの商品でなくても良い」という項目が入っている。男女ともにこの項目が上位にランクインしていることから、「自分が価値を感じたものを購入する」という特徴が読み取れる。

それぞれの特徴はあたかも優れている点かのうように言及されているので、反証を簡単に述べてみよう。デジタルネイティブという言葉には、デジタルメディアを効率よく扱うことができる能力と、メディア・リテラシーが同義化されている。Z世代は当然前者であって、高度にデジタル機器の操作ができる者は一部にすぎない。そしてZ世代が得意と特徴づけられているSNS等のインターネット空間では、「フェイクニュース 」や「ポストトゥルース」といった虚構が実社会を席巻している。タイパを重視するかれらは一瞬の集中力と判断しかできないので、熟練技術どころか習得に少し手間のかかるスキルすら覚えられない。ゆえにメディア・リテラシーがないので虚構を分別できず、情報を右から左へ流すことに加担している。

そのようなZ世代は、もはや民主主義社会をつくる市民ではなく「ユーザー」でしかない。ユーザーの興味関心をとらえて画面上のフィードに表示するGoogle Discoverや、購入または閲覧履歴を分析して商品を提示するAmazonのリコメンデーションにたいして、無意識的に自分の関心だけを消費している。Z世代は思考力や感性が徐々に退化していき、主体性を失っているので、そもそも価値観すら存在しないのである。巨大資本という自然と調和して生きる状態、すなわち消費者の「ニーズ」をそのまま満たす商品に囲まれ、巨大資本が要求するままにモードが変わっていく社会へと退廃しているのが現状である。

主体性のないユーザー家族

進化論の結論

人間は家畜にしているのと同じことを、人間に対してやってきたのではないか。それを文明と呼んでいたのではないか。19世紀にヨハン・フリードリッヒ・ブルーメンバッハが人間と家畜の類似点を検証し、チャールズ・ダーウィンは進化論に組み込むことを検討していた。この理論は人間が自分自身を家畜にするという意味で、「自己家畜化」と呼ばれており、自己家畜化という言葉は、20世紀初頭にアイクシュタットによって提唱された。着目したいのは、進化論として人間の進む先が家畜であると考えられていたことだ。

家畜は人工環境のもとに置かれ、人間が管理している空間のなかに囲い込まれて生活を強いられる。そして人間は企業社会、さらに大きな枠組みでは資本主義社会というイデオロギーのなかで生活を強いられる。この社会は、経済をとにかく迅速に回すことで、権力機構が剰余労働を効率的に搾取するシステムであり、そのために合理的な生活を規律訓練されるシステムである。巨大資本が要求するままに、Z世代は商品消費以外を行わないシステムといえる。マックス・ウェーバーの「鉄の檻」理論によれば、この社会が忌み嫌うことは非合理性であり、計画性の欠如からくる不確実性は、計画的な目標の達成にとって大きな脅威となる。できるだけ不確実性を失くす方向へ、あるいはできるだけ恣意性を排除する方向へ、すべてを整えてゆこうとする傾向を示すと、Z世代には自宅内でスマホを触ることに終始してほしいのである。

スマホを触らずにはいられない原理としては、脳が新しい情報を得る可能性が高いとみなして行動促進物質のドーパミンを促す場合と、脳が過度なストレスを避けるためにわざと楽な(平行)作業をさせる場合がある。どちらも狩猟民族時代から続く、生存のためにデザインされた脳の特徴である。狩猟民族に照らし合わせると、生存戦略に有意義な情報を求める場合と、いち早く猛獣を発見し逃げ切るために集中を散らしておく場合といえる。Z世代は脳に操られているといっていいし、さらにいえば、私たちの脳は巨大資本に操作されている。

『種の起源』チャールズ・ダーウィン

マッチングアプリによる関係性の剥奪

「タイパ」を重視するといわれるZ世代であるが、自分たちの価値観がそう決めたわけではなく、非合理化を許容しない資本主義システムと急速に進化するテクノロジーの産物である可能性が高い。それらによって、無文化・無知性・無個性へと訓練されているわけである。ただし、なかにはタイパを重視してはいけないものもある。最後に、人間関係について検討してみよう。

社会において、合理化や効率化を重視してはいけないものとしては、医療・教育・司法・行政などの社会的共通資本とよばれる国民国家内部的な装置が該当する。これらの制度は急激な変化を好まない。政権交代のたびに教育制度が変わり、株価が高下するごとに司法判断が変わるというようなことがあってはならない。それらの制度が相手にしているのは、商品や資本や貨幣のような抽象物ではなく、人間という「生き物」だからである。どれも人間の弱さ・脆さ・人間の非力・無能力を前提に制度設計されている。これらの制度が急激な変化を嫌い、惰性を好むのは、それが人間の生物学的な時間に準拠しているためである。基準になっているのは「生身」であり、尺度になっているのは「人間の生きる時間」ということだ。

人間の生きる時間と同じ時間軸でしか変化しないものは多い。職人技術やクリエィティブな発想は、人生と同じ時間に蓄積されてきた知識と経験の産物である。より少ないコストでより多くの利益を効率的に得ようとしても、人間的時間に基づいたものは獲得できない。小さい努力で大きな成果を得ようとすることは、「資本主義的システム」の欺瞞である。しかし、昨今はマッチングアプリのような欺瞞が恋愛のメインストリームとなっている。

人間関係は、当然のことながら何十年単位でのやり取りを勘定に入れる。人間的時間そのままの関係を持続させ、さらに親密化させるには、毎日のつまらないところまで共有する必要がある。つまりタイパを重視して、映画を早送りで飛ばして重要シーンだけ見るような生き方をすれば、こいつは何も理解していないから信用ができない、という風な結末を迎えるわけである。ただし、マッチングアプリで人間関係を構築しようとすると、お互いの良いシーンを簡単に見る以外の方法がない。それは前述のとおり、最小の時間で最大の人数と会うための「資本主義的システム」がプログラムされているからである。マッチングアプリの目的はより多くの異性と会う(もしくはセックスする)ことであり、今後を添い遂げる恋人や伴侶を探すこととは相反する。

Z世代は不幸にも、文化が育まれる大事な時期がコロナ禍に見舞われてしまった。その影響も相まって現実での人間関係を構築する経験が不足してしまったと感じられる。今年になって退職代行が一世を風靡した。「同僚と馬が合わなかった」「希望していた部署と異なる部署へ配属された」等が理由とされている。私たちの世代は関係を構築していくことや、もっといえば人間的時間を過ごすことができなくなっている。人生はひょんなことから思いがけない素晴らしい方向へ展開されるものであるが、そのひょんなことは人間的時間の中でしか生まれないのである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?