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75. どこへでも行ける。大人だから。

会いたい人がいれば、会いに行けばいい。
知りたいことがあれば、見に行ってみればいい。


この1年、いろんなところに行き、いろんな人とお話しました。その場所はどんなところで、どんなことをして暮らしているのか、いくつも見せてもらうことができました。
出不精、インドア、旅行の計画なんて自分のためだけには絶対立てないような人間なのに、今年のわたしは思った以上にフッ軽でした。というか、むしろ意図的に自分の背中を押すようにしていたような気がします。

昔は旅行があまり得意ではなくて、準備が嫌いなわりに旅行先で忘れものを思い出すと急にヒュッと血の気が引いて焦ったり、調べものが苦手だからその土地を存分に楽しめる自信がなかったり。もっと遡れば小学5年生のとき、3泊4日のテント泊の初日に同じ班のメンバーに仲間はずれにされて、見知らぬ山の中で逃げたくても逃げられない日々を過ごしたあの経験以降、すぐ帰れない、知らない土地に行くのがちょっと苦手でした。


大人になって大きく変わったのは、自信と安心感。
何かを忘れてもどうしても必要ならその場で買えばいい。自分の足で来たんだから、ちゃんと自分の足で帰れるし、案外、知らない場所にあるのは敵意ではなくて、ただ新しく見るものをそのまま感じるだけでいいということを知りました。

そしてもうひとつ変わったのは、自分とその周りにあるもの以外に触れたいという欲求。世界はいつでも簡単に狭くなり、正解と間違いができてしまうものだから、そうならないように、自分の近くにないものに触れにいきたい。感じて、知っておきたい。私が普段見ているのは特別でもなく良し悪しもない、たったひとつのパターンにすぎないってこと。


お会いしたそれぞれの人が、それぞれの場所で、その周りにある価値観とともに毎日を生きていることを感じました。どれも私の日常とはかけ離れていても、触れに行ってみればやはり本物としてそこに存在していて、その事実に安心したり、ああ、なんか愛おしいなと思ったりしました。

明日からも、たくさん感じて心を広げていられますように。
今年もありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。

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