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癒されない

 25日から東京にも京都にも緊急事態宣言が出された。SNSのタイムラインには知り合いの公演の中止案内が次々に流れてくる。やるせない。尾方君が出演していたiakuも大阪公演がなくなった。観に行くつもりだったのに。精神的に参るね。癒されたいよ、ホント。

 仕事の関係もあって、他にも二つほど舞台を観ないといけなかったのだが、どちらも大阪公演は中止になる可能性があるので東京で観て欲しいという連絡をもらい急遽京都から観に行った。3時間以上かけて劇場に到着、昼から3時間10分の舞台を観て、そのまま別の劇場へ向かって3時間20分観る。そしてまた3時間半かけて京都に戻るという……怒涛のツアーだ。

 どちらも舞台は楽しませてもらったのだが、問題が起きたのは一本目の芝居を観ている時だ。一幕が終わって休憩になったのでトイレに行って席に戻った。メガネのレンズが汚れているので服の裾でレンズを拭いた。……その時だった。右のレンズが外れてしまったのだ。まずい。元に戻そうとするが戻らない。必死で闘った。一見、済ました感じで座っていたが、手元は大騒ぎなのだ。戻らない戻らない戻らない。
 昨日かけていたのは、フレームが上にしかなく下はナイロン糸で留めてあるタイプのものだったのだが、こっちが入ればあっちが外れるという感じで全くおさまってくれないのだ。引っ張っても糸は全然伸びないし。「え? こんなところにレンズ入ってた?」というくらい小さい輪っかがあるだけだ。ああ、まずい。このままだと二幕が始まってしまう……。その時だった。

 糸が切れた。

 同時に客席の明かりも消えたので諦めた。

 二幕を観るにあたって色々と工夫した。まずは右目を瞑り左目だけで鑑賞する方法を試した。だめだ。見えるけれど集中できない。もう思い切って裸眼で観ようと眼鏡を外ししてみた。見えない。全く見えない。私も30年芝居をやっているんだし、心の目で見ればいいのだと思ったけど見えなかった。仕方ないのでメガネをかけて、レンズを手で持って右目にあてがってみる。おお、見える。見えるのは見えるけど疲れる。けれどこれしか方法はない。結局、二幕の1時間半、右手でレンズをつかんだままの姿勢で観ることになった。

 終演後、メガネとレンズをポケットに入れて劇場を出る。見えないのでいろんなところにぶつかる。次の芝居が始まるのは30分後。幸いなことに劇場は近くて移動は5分。私はコンビニを探した。そこでハサミ、両面テープ、セロテープを買って次の劇場へ走る。

 客席に着くとメガネの応急処置に取りかかった。こんな場所でハサミを持っているのはまずい。不審に思われるのではないかと不安にななったので、壊れたメガネをアピールするかのように上にかかげ、鼻歌まじりで作業をしてみた。残っていた糸を切り、両面テープでまずは留め、その上からセロテープを貼った。かけてみる。お。なんとかなった。開演まであと5分。これで安心だ。お、ちょっと汚れてるな。と、レンズをそっと拭いたらすぐにレンズが取れた。まずい。また一からだ。セロテープでかなりしつこく留めた。なんとか間に合った。

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  これは帰りの新幹線でテープを外した状態。このメガネは翌日、店に持って行って直してもらった。

 そして翌日。日帰りで京都に戻ってきた理由は運転免許の更新期限が26日だったからだ。誕生日から一ヶ月以内にいかないと失効してしまう。ずっと気になっていたのに済ませてなかった。で、昨日、やっと更新を済ませた。

 終わって安堵した。本当なら買い物したり、美味しいものでも食べたいところだ。けれど緊急事態宣言も出たし黙って家らなければいけない。でもね……なんかしたい。何か買いたい……。

 私は気になっていることが終わった時には何かしないと気持ちがおさまらないタイプなのだ。原稿を書き終わった時などもやることがなくて常に困っている。大抵の場合は夜中の3時くらいなので行く店もない。だから仕方なくコンビニへ行って、意味なく付録付きの雑誌などを買ってしまう。結果、使わないポーチなどをたくさん所持している。ハズキルーペの偽物っぽいものもあるし、爪切りから小さなドライバーまで、12種類くらいのものが一緒になった便利グッズとかも持っている。どれもこれも使ったことがない。前には買うものがなく、コンパスを買って帰ったこともある。下北沢の部屋に戻って紙に丸をいくつも書いた。

 免許の更新が終わった私はそんな気分だったのだ。しかし考えながら電車は嵐山に着いてしまった。もう買える場所もない。帰り道、オルゴール専門店が目に入った。これまで中を見たことはない。……で、立ち寄った。最初にこれはいいと思ってそっと値段を見たら14万円だった。びっくりした。結局、5千円の小さなものを買った。それでも5千円もするんだと躊躇したけれど、なんかしないとおさまらないのだから仕方ない。このままだとまたポーチが増えるだけだ。

 一番上の写真が買ったオルゴールだ。フタを開けると「カノン」が流れるのだ。

 家に帰ってコーヒーを入れ、ゼンマイを巻いてみた。おお、いいではないか。これは意外といい時間を手に入れたかも知れない。優雅にコーヒーを口に運ぶ……お、間も無くサビの部分だ。あれ? 止まってしまった。もう一度巻く。流れる。優雅にコーヒーを……止まる。30秒くらいしか音は続かないですよと店の人も言っていた。フタを開けると流れるというけれど、これだと巻いて慌てて閉めて、そして開けて……優雅じゃない。癒されない。

 


 

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