土田英生
MONO代表・土田英生のブログ。 2020年まではこちらに→http://tsuchidapage.seesaa.net/
写真は門司港駅。 先週はワークショップばかりやっていた。北九州で1回、新潟で2回。 北九州は泊まりだった。翌日、なぜかそのまま帰らず無目的に下関に行ってしまった。 唐戸地区の近代建築を見て回り、日清講和記念館、赤間神宮へと歩み進めるうちになぜか関門橋のたもとの壇ノ浦PAまで行き着いた。パーキングエリアのくせに車じゃなかったので再び歩いて戻り、そのまま戻ってきて帰ろうと思ったのも束の間、巌流島に行く船が出ている案内を目にした途端に乗っていた。佐々木小次郎たちの銅像を眺め
今回は創作ノートにならない。 言い訳ノートだ。 上の写真は随分前、私がまだ北海道戯曲賞の審査員をしていた時のものだ。審査会に臨む前にジンギスカンを食べているところだと思う。右にちらりと見切れているのは長塚圭史さん。今回書く内容に関係しないし申し訳ないのでトリミングさせてもらった。そして私、左は桑原裕子さん。 前回、MONOの新作のタイトルが「たわごと」になったと書いた。さらにはなぜそこに着地したのかを誰に頼まれたわけでもないのに滔々と述べた。 しかしだ。結果か
タイトルを決めた。 「たわごと」 随分とシンプルになった。凝ったところは一つもない。多分、MONOの作品の中で最もシンプルなものになったと思う。シンプルさの度合いを服装で例えれば白いTシャツにジーンズという雰囲気だ。 元々、私は文章のような着飾ったタイトルを好んできた。 「その鉄塔に男たちはいるという」 「橋を渡ったら泣け」「なるべく派手な服を着る」 「少しはみ出て殴られた」などなど……とにかく文章になっているものが多い。 こうしたタイトルはリズムも小気味い
noteをやっていたことすら忘れてしまっていた。「土田頁」というタイトルで10年以上ブログを書いていて、それを引き継ぐつもりで始めたはずだったのだがすっかり書く習慣がなくなっていた。面倒になっていた。 くだらない日常の些事を書くのは楽しかった。しかし、日々、流れ込んでくるニュースは気分を滅入らせるものばかりだ。戦争、災害、社会的不正義。日本国内だけを眺めても負を感じるニュースを耳にする機会の方が圧倒的に多い。私が携わる演劇の世界に限っても現場でのパワハラなど問題は尽きな
「表現の自由」という言葉はどんどん軽くなる。「誠に遺憾に思います」という言葉を聞いても真摯な謝罪だと感じられなくなっているように、「表現の自由」がおびやかされたと聞いても、そもそもなぜそれがそんなに問題なのかを考えることがなくなっている気がする。 福井県の高校演劇大会において福井農林高校が上演した『明日のハナコ』をめぐって問題が起きている。経緯などは「福井の高校演劇から表現の自由を失わせないための『明日のハナコ』上演実行委員会」のサイトに書かれている。→サイト 署名
久しぶりだとか書くのはやめた。前回の更新は8月半ばくらいだったと思う。今はすでに10月末。夏からすっかり秋になった。前回の更新時は何をしていたのだろうか? 多分、兵庫県立ピッコロ劇団「いらないものだけ手に入る」の台本を書いていたんだと思う。いやいや、そうか。来年上演予定の台本ももう一本書いていた気がする。 とにかく季節は変わった。書いていたはずの「いらないものだけ手に入る」も無事に終了した。このページのヘッダー写真がその時の舞台セット。MONOの奥村君のプランだ。とにかく一
更新しようと書きかけてはやめているので「下書き」ばかりが溜まっている。テーマのあることを書こうとして全部中途半端になっている。だから思いつきで書く。 コロナが続いたことで、それ以前からあった人々の分断がより一層可視化された気がする。私自身も自分の考えを伝えたりするけれど、周囲の人は割と考え方が近い人が多いので問題はない。悩むのは全く考えの違う人たちに対してのどのような言葉を選んでいくのかだ。昔はSNSの発達が人の垣根を取り払ってくれると楽観的に考えていた。しかし、どうや
「土田頁」をnoteに移して、頻繁に更新するつもりだったのに存在すら忘れかけていた。二ヶ月も書かなかったけれどそれには理由がある。一つ原稿の締切を何度も延ばしてもらっていたので、迷惑をかけている人たちに「あいつ、こんな呑気なこと書いてやがる」と思われるのが怖かったこと。そしてもう一つは……書いても更新できなかったことだ。くだらないことを書いてみても、公開しようとすると嫌なニュースが目に入ったり、近場の誰かから悩み相談を受けたりする。すると「こんな時にこんなものをアップしてる
気分が滅入る。コロナが最も大きな理由だけれど、それによって顕在化する社会の矛盾を目の前にしていることが辛い。霞んでいた常識の輪郭はもう見えなくなってしまった。社会の底が抜けてしまったようで、理不尽なことがすでに当たり前に存在し、腹が立って仕方ない。けれどその感情にすら自信が持てない有り様だ。私の作劇法はかなりオーソドックスで「日常だと思われるもの」や「常識とされているもの」にフィルターをかけてフィクションを創る感じなのだけれど、すでにその正体が掴めなくなってしまった。もちろ
25日から東京にも京都にも緊急事態宣言が出された。SNSのタイムラインには知り合いの公演の中止案内が次々に流れてくる。やるせない。尾方君が出演していたiakuも大阪公演がなくなった。観に行くつもりだったのに。精神的に参るね。癒されたいよ、ホント。 仕事の関係もあって、他にも二つほど舞台を観ないといけなかったのだが、どちらも大阪公演は中止になる可能性があるので東京で観て欲しいという連絡をもらい急遽京都から観に行った。3時間以上かけて劇場に到着、昼から3時間10分の舞台を観
締切から大幅に遅れてしまっている原稿チェックをしようとしたら肝心の原稿がない。LINEで送られてきていたのだが保存期限が切れていた。どうしてすぐにダウンロードしておかなかったんだろ。どうしていいのか分からずこれを書いている。 「土田頁」の最終更新は昨年の夏。『もうラブソングは歌えない』というリーディング公演が終わった頃だ。その後は半沢直樹の朗読劇『黒い二人の日記帳』という作品を書いて南野陽子さんと二人で朗読したり、「駆け落ちアニバーサリー」というMONOの高橋明日香と渡
2004年から「土田頁」というブログを続けていた。その前年、ロンドン留学の間に書いていた「ロンドン日記」がわりと評判が良かったので、帰国後もブログを続けようということで始めたものだった。そういえばこの時は当時の劇団メンバー全員で同時にブログを始めることに決まり、私の「土田頁」の他には、水沼君が「ぬるいスポーツ研究」、尾方君が京都の観光案内、金替君は「金替印刷 今日も増版」というタイトルで同時にスタートした。奥村君は「舞台美術のなんかをやります」と言ったきり何も始まらなかった