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踏青のさくら(1:1:0)

ジャンル:日常
上演目安時間:15分〜20分
登場人物:2人(比率 女:1 男:1)
(演者性別不問)

奈緒(女):ハルを親友だと思っている。
ハル(男):奈緒の事を愛している。

※前読み推奨作品



0:若草の上を息を切らして進む足音
奈緒:「はぁ、はぁ… ―わぁ…!」
0:眼前に広がる光景に目を輝かせて振り返る
奈緒:「ハルー!早くーー!こっちこっちー!」
ハル:「今行くよ、奈緒…、はあ…、はぁ、」
ハル:「そんなに急ぐと、転んでしまうよ」
奈緒:「ほら見てハル!綺麗な桜〜!」
奈緒:「やっぱりここは穴場だね」
ハル:「そうだね、よいしょ」
ハル:「そのかわり、幾つも坂を登らないといけないけど」
0:追いついて隣に並ぶハル
奈緒:「綺麗だねぇ、ハル」
ハル:「うん。綺麗だね、奈緒」
奈緒:「また今年も、春がきたね」
ハル:「ふふ、そうだね」
奈緒:「…来年も、同じ景色が見られるかな」
ハル:「うーん。それは…どうかな」
0:目を細めて桜を見上げる奈緒
ハル:「―…見られたら、素敵だね」
0:桜を眺める奈緒を見つめて微笑むハル

0:タイトルコール
ハル:『踏青(とうせい)のさくら』
ハル:(M)これは僕達が過ごした日々の物語。

奈緒:『ねぇハル!桜を見に行こう!』
ハル:(M)突然そう言い出した奈緒に連れられてやってきた、二人だけの秘密の場所。
ハル:彼女が突拍子もない事を言い出すのは、昔からよくある事で、それに付き合うのも、もうずいぶん慣れてきた。
ハル:むしろ次は何を言い出すのかな?と、楽しみにしているくらいだ。

0:桜を見ていた奈緒が踵を返す
奈緒:「よし。桜も見たし、そろそろ帰ろうか」
ハル:「えぇ…、もう帰るの?」
奈緒:「まだ日が暮れるのも早いし、帰りにスーパーも寄りたいから急がなきゃ」
ハル:「やれやれ、」
ハル:「ここまで登るのも、結構大変だったんだけどな…」
0:苦笑しつつ、奈緒を追いかける
奈緒:「疲れてない?ハル」
ハル:「ふふ、もうくたくただよ」
奈緒:「大丈夫?ちょっと休もうか」
ハル:「大丈夫、急ぐんでしょう?」
奈緒:「―…ねえ、ハル」
ハル:「なんだい、奈緒」
奈緒:「私これからもハルとずっと一緒にいたい」
ハル:「…」
奈緒:「だから来年も桜、二人で見に来ようね」
ハル:「… うん、そうだね」

ハル:(M)僕と奈緒は、子供の頃から一緒にいる。
ハル:出会ったときはランドセルを背負っていた奈緒が、今では社会人として働いていると思うと、時の流れの速さを感じる。
ハル:…できる事なら僕も、ずっと一緒にいたい。
ハル:でも後どれだけ、僕は奈緒の隣に居られるだろうか。

0:場面転換の間

ハル:「奈緒! 起きて!なーお!」
奈緒:「んん…、何ハル…って、え?!もうこんな時間?!」
ハル:「あぁほら、だから何度も起こしたんだよ、」
奈緒:「やばい、遅刻する!急がなきゃ…!」
0:慌てて準備を始める奈緒
ハル:「奈緒、朝ご飯は?」
奈緒:「いってきまーす!」
ハル:「あ、 ちょっと待って奈緒!忘れ物!」
0:慌てて玄関へ忘れ物を持って行くハル
奈緒:「あっ!あちゃー、ありがとうハル!」
ハル:「うん、いってらっしゃい」
奈緒:「いってきます」
0:ハルの額にキスをして、家を出て行く奈緒
ハル:「ふぅ。やれやれ、毎朝これだもんなぁ。」
ハル:「もう少し時間に余裕を持てばいいのに…」
ハル:「さて、僕はもう一眠りしようかな…ふぁ」

ハル:(M)奈緒は慌てん坊で、少し忘れっぽい所がある。
ハル:すぐにあれがない!これがないと騒ぐので、その度に僕が見つけてあげる。
ハル:すると奈緒は嬉しそうに笑うから、まあもう暫くこのままでもいいかな?なんて思ってしまうのだ。
ハル:ああ。でも、忘れっぽい奈緒が一つだけ絶対に忘れない事がある。
ハル:それは出かける時に必ず、僕の額にキスをすること。
ハル:そんな奈緒が、僕は大好きだ。

0:場面転換の間
奈緒:「ハルー!今日はお肉だよー!」
ハル:「おっ!いいねぇ」
奈緒:「ハルも食べたかったでしょ?」
ハル:「うん」
奈緒:「給料日だからちょっと奮発しちゃった」
ハル:「毎日頑張ってるから、ご褒美だね」
奈緒:「ほら見てこのサシ!美味しそ~」
ハル:「本当だ、美味しそうだね」
奈緒:「はい。ハル、どうぞ」
ハル:「うん。ありがとう。いただきま―」
奈緒:「―ハル!」
ハル:「ん?」
奈緒:「誕生日おめでとう!」
ハル:「―! あぁ、そっか。今日、だったね」
奈緒:「ふふ、いつもありがとね、ハル。大好きだよ」
ハル:「こちらこそいつもありがとう、奈緒。僕も大好きだよ」
奈緒:「じゃー食べようか、いただきます!」
ハル:「うん。いただきます」
奈緒:「ん~おいしい~!」
ハル:「ふふ、うん。美味しいね」

ハル:(M)お祝い事があると、奈緒はいつも少し良いお肉を買ってきた。
ハル:僕の誕生日だって言っても、本当は奈緒の方が楽しみにしている事に気がついていたのは、内緒だ。


ハル:天真爛漫で春風のような性格の奈緒だけど、学生時代は、人付き合いがうまくいかなかったことがある。
ハル:確かあれは…中学生の時だ。
ハル:ある日、いつもの時間になっても奈緒は家に帰ってこなかった。
ハル:気になった僕が、彼女を探しにいくと…。

0:場面転換の間。過去に戻る。
ハル:「奈緒、 ここにいたんだね」
奈緒:「―ハル…。」
ハル:「どうしたの?何かあった…?」
奈緒:「…、」
ハル:「…言いたくないなら、言わなくてもいいよ」奈緒:(M)ハルはゆっくりと、私の隣に座った。
奈緒:隣にいるハルの温度が暖かくて、張り詰めていた気持ちが、一気に緩んできた。
ハル:「― 奈緒?」
奈緒:「……今日ね、同級生と喧嘩したの、」
ハル:「…うん」
奈緒:「今までも時々無視されたりして…」
奈緒:「…気にしない様にしてたんだけど、」
ハル:「うん…」
奈緒:「あいつムカつくって私の悪口が聞こえてきて、私もイライラしてムカつくなら直接言えば?って言ったら、喧嘩になっちゃって…」
ハル:「そっか…大変だったんだね」
奈緒:「誰とでも仲良くするのウザいって、…っだって私、必ず同じ友達とつるまなきゃいけないとか、トイレ一緒にいくのとか、そういうの嫌で」
ハル:「…うん」
奈緒:「そんなの自分の勝手でしょって言ったら、口論になって…っ向こう、何人もいて、」
ハル:「うん」
奈緒:「それで、怖くなって逃げてきちゃった…」
ハル:「…そっか…」
奈緒:「〜悔しいよ、ハル…!」
ハル:「うん…、そうだね…」
奈緒:「自分らしくいたいだけなのに、」
奈緒:「なんで、うまくいかないんだろう…」
ハル:「…奈緒が一生懸命頑張っているの、僕は知ってるよ」
奈緒:「私がおかしいのかなぁ、」
ハル:「そんな事ない」
ハル:「…奈緒は、奈緒のままでいいんだよ」
奈緒:「~ッつらいよ…、」
ハル:「うん…そうだね。大丈夫、奈緒」
ハル:「泣いてもいいよ、誰にもいわない」
奈緒:「うぅ、、っう、く、…ふ、」
ハル:「…うん。うん」
奈緒:「うぅ、…うー…っ」

奈緒:(M)私が泣き止むまで、ハルはずっと側にいてくれた。
奈緒:帰る頃には夜になってて、両親にひどく怒られた。
奈緒:次の日、私は初めて学校を休んだ。
奈緒:その日もずっとハルは私の側にいてくれた。

奈緒:「ハル、ただいま!」
ハル:「おかえり、奈緒。学校どうだった?」
奈緒:「あのね、喧嘩した子達が謝りにきてくれたの」
ハル:「本当?」
奈緒:「…顔を見たらまだちょっと怖かったし、どうしようって思ったんだけど…」
ハル:「うん」
奈緒:「ハルのことを思い出したの」
ハル:「…」
奈緒:「私にはハルがいてくれるから大丈夫って思ったら勇気が湧いてきて、ちゃんと仲直りできたよ」
ハル:「うん。…よく頑張ったね」
奈緒:「…私を見つけてくれて、ありがとう」
ハル:「何度でも見つけるし、ずっとそばにいるよ奈緒」
奈緒:「大好きだよ、ハル」
0:ハルを抱きしめる奈緒

奈緒:(M)…本当に、ハルのおかげ。
奈緒:その時の子達とは今でも時々会う、友達だ。
奈緒:ハルには感謝することばかり。

奈緒:(M)それからというもの、高校生になっても、社会人になっても、悩みができたときは、こっそりハルに話すようになった。
奈緒:この先もずっとハルと一緒にいたい。
奈緒:でも、いつまでこのままでいられるのかな…。

0:場面転換の間。現在に戻る。
ハル:「すー…すー…」
奈緒:「ハルー?また寝てるの?」
ハル:「んん…奈緒?ふあ、もう仕事にいく時間か」
奈緒:「ふふ、眠そうなあくび」
ハル:「この所、ずっといい天気だからね…」
ハル:「おみおくり、…」
奈緒:「いいよ、ゆっくり寝てて」
奈緒:「行ってきます、ハル」
0:ハルの額にキスをする奈緒
ハル:「うん。いってらっしゃい、奈緒」
ハル:「僕もそろそろ起きないと…あぁでも、もう少しだけ…んん…」
 
ハル:(M)奈緒と桜を見てから、季節はあっという間に流れて、冬がやってきた。
ハル:少しずつ寝ている時間が増えて、今では一日の大半は眠ってしまう。
ハル:…何だか、毎日が春みたいだ。
ハル:だんだん目も霞み、耳も遠くなってきた。
ハル:きっと後少しなんだ。自分でもそれが分かる。
ハル:奈緒は…きっと沢山泣くだろうな。
ハル:…でも、大丈夫。
ハル:奈緒は、自分の芯がある強い子だ。
ハル:悩んだり、迷う事はあっても、最後には自分の答えを見つけられる。

ハル:だからもう、僕がいなくても大丈夫なんだ。
ハル:でも本当はもう少しだけ、頑張りたかった。
ハル:奈緒ともう一度、あの桜を見にいくまで…。

奈緒:「ハルっ!ハル、大丈夫、苦しいの?」
ハル:「…―奈緒?大丈夫…、もう苦しくないよ、」
奈緒:「しっかりして、今お医者さんに連れて行くから、」
ハル:「ううん、もう、いいんだよ。奈緒…」
奈緒:「ハル、、お願い、死なないで…、」
奈緒:「~ハルがいなくなったら、私、」
ハル:「奈緒…、」
奈緒:「…っわたしを、一人にしないで、…っ」
ハル:「…ひとりになんて、しないよ、」
ハル:「ぼくは、ずっと奈緒のそばにいる」
奈緒:「ハルがいてくれたから私、ここまで頑張って来れた、」
ハル:「うん…」
奈緒:「ハルは私の親友だよ…、大好き」
ハル:「…うん…。奈緒、愛してるよ」
ハル:「ごめんね…桜、一緒に見にいけなくて、…」
奈緒:「…ごめんね、ハル。私も何もできなくて…」
奈緒:「ハルは沢山助けてくれたのに、」
ハル:「謝らないで…奈緒、…」
0:段々弱っていくハルを見て涙を拭う奈緒
奈緒:「―…ハル」
奈緒:「…私の所に来て、幸せだった?」
ハル:「うん。…僕は…幸せだよ」
奈緒:「楽しい日も苦しい日も、ハルと一緒にいれて本当に幸せだった。…大好きだよ、ハル」
ハル:「あぁ…僕もだよ、」
ハル:「ありがとう、奈緒 ありがと…―」
奈緒:「ハル? ―ハル… ? 」

奈緒:「…ありがとうハル。…おやすみなさい」
0:ハルの額にキスをする奈緒
 
奈緒:(M)ハルは最後に、私の頬をぺろりと舐めて、息を引き取った。
奈緒:小学生からの、私の親友。
奈緒:黒い毛並みに、ふさふさのしっぽ、よく動くピンと伸びた耳。
奈緒:ハルはいつも、私の傍にいてくれた。
奈緒:そんなハルが…、私は大好きだった。
 
ハル:(M)初めて出会ったときは、まだランドセルを背負っていた奈緒。
ハル:どんどん強くなっていく奈緒が、誇らしくて愛おしかった。
ハル:生涯でただ一人、僕が愛した人。
ハル:これからもずっと、奈緒の幸せを願っているよ。
ハル:…おやすみなさい。
 
奈緒:(M)翌年の春。
奈緒:去年ハルと登った山を、私は一人で歩いていた。
奈緒:青草を踏みしめて登る、長い坂道の途中。
奈緒:ハルは何度も振り向いて、私が疲れたら足を止めて待っていてくれた。
奈緒:私は、仕事の愚痴や昨日みたドラマ。
奈緒:…なんてことのない話を、ハルにする。
奈緒:ハルの尻尾が相槌をうつように、優しく左右に揺れる。
奈緒:そして…。長い坂道を登りきった先に現れる
奈緒:凛と伸びた、一本の山桜(やまざくら)。

奈緒:淡い桃色の花びらが、優しく頬を滑る。
奈緒:ハルが私を見つめる眼差しと、同じように。

奈緒:私は忘れない。
奈緒:二人で歩いた、踏青(とうせい)のさくら。

0:end


2022/01/26 ボイコネ投稿作品
お疲れ様でした。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
最後まで読まないと「?」になりそうなので、前読み推奨でした。

↓下記あとがき。
人間の奈緒から見たら、ハルは頼れる親友。
犬のハルから見たら、生涯を共にする伴侶。
…だったのかもしれません。
言葉は伝わらなくても、感情は食い違っていても。
互いを思いあう気持ちは同じ。
そんな関係って素敵だねっていうお話。

『声劇台本』だから書こうと思った作品でした。
映像がない声だけの芝居だからこそ、聞き手も読み手も自由に描ける情景があるなぁと思って。

↓小ネタ

踏青(とうせい)…青草を踏んで遊ぶこと
山桜の花言葉…「あなたに微笑む」「純潔」

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