多生の縁|奈良


次の便に乗れたら。
祈るような気持ちで搭乗口に走る。
母が倒れた、と連絡があったのは、今朝のことだった。

「もう、薫ちゃんたら、大袈裟なんやから」
ベッドの上の母は、私の「最悪の想定」があほらしくなるほど元気だった。
「ママ!薫さんがすぐに救急車呼んでくれたからよかったものの……びっくりしたんやから」
「まあまあ、彩ちゃん、ええやんか。お母さん、無事で何より」
薫さんは、家から持ってきた母の老眼鏡や保険証を枕元の棚に入れた。

薫さんは兄のお嫁さんだ。和菓子屋にお嫁入りして、以来、両親と同居してくれている。
病院からの帰り道、薫さんと並んで歩く。
「薫さん、ほんまにありがとうございました。なんか、申し訳なくて。お兄ちゃんが死んでもう3年経つのに……」
「なに水くさいこと言うてんの。お母さんとはもう袖摺れの仲やで」
薫さんはにっこり微笑んだ。
その顔はまるで中宮寺の菩薩様のようで、私は心の中でそっと義姉に手を合わせた。


*「袖摺れ」(そですれ)・・・袖がふれあうほどの近い関係。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?