【B2C企画】アイデアで生まれたカバの妖精 目標は町工場発のライフスタイルブランドになること
町工場が挑むB2Cとは、これまでB2B中心だった町工場(中小製造業)が、自社製品を作り、一般消費者に向けて販売すること。様々な理由からB2Cに注目し、製品開発や販売方法、ブランディングなど新たに挑戦している方々を取材しました。これからB2Cに取り組もうとしている製造業の方や、行き詰まり感や課題を感じている方々のヒントになれば幸いです。詳しくは以下の記事をご覧ください。(ものづくり新聞 記者 中野涼奈)
株式会社藤沢製本 藤澤佳織さん
滋賀県大津市で製本業を営む株式会社藤沢製本。昭和38年の創業以来、一般書籍や学生参考書などの学術出版と呼ばれる分野の製本加工を主力事業としてきました。
結婚を機に製本業が家業に
「株式会社藤沢製本は、夫の両親が営んでいた会社です。私は岡山県出身で、その後京都府にある芸術系の大学に進学しました。夫とは、大学時代から続けていたバイト先で出会い、結婚を機に私も藤沢製本に入社しました。といっても、最初は取締役になる予定はなく、入社してから6年ほどは、子育てをしながら経理の業務を担当していました。」
藤澤さんは、2020年11月に株式会社藤沢製本の代表取締役に就任しました。入社したばかりの頃は、代表取締役になる予定はなかったそうですが、どのような経緯で現在に至るのでしょうか。
「働くうちに徐々に会社のことがわかってきました。特に気になったのが、仕事に対して受け身であることです。創業以来50年以上に渡って、弊社の売上の約7割を占める参考書製本の仕事があるのですが、その受注は絶え間なくあります。そのため、自分たちで営業を頑張らなくても、発注していただいた仕事をしていれば売上が上がるという雰囲気がありました。コストに対してどんぶり勘定な部分もあり、自分たちから仕事を取りにいかなければという感覚は当時あまりありませんでした。しかし、いくら定期的に受注があるといっても、売上ボリュームは昔に比べて年々落ちていますし、電子化などの影響を受けて、出版・印刷業界自体が厳しい世界です。そんな状況を見て、このままじゃアカンと危機を感じました。」
経営に関わるようになってやったこと
「まずは身内の意識から変えていかなければと考え、このままでは良くないということを義理の両親や夫に話すことから始まりました。」
経営に関わり出した当初から現在においても大事にしていることは、“5S”と呼ばれる取り組みです。5Sとは、「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」の5つの頭文字の「S」をまとめたもので、組織的に取り組み職場環境の美化を徹底し、業務効率改善や安全性の向上などを目指す活動です。
「かつて、取引先の社員が弊社に工場見学に来た際に、書いてもらったアンケートに『工場にトンボの死がいが落ちていた』と書かれていたことがありました。ショックでしたが、確かに当時の工場は汚くて、誰も掃き掃除すらせず、何が落ちていようが構わないという雰囲気でした。そんな雰囲気に慣れている人は平気かもしれませんが、外部の人からすると悪い意味で印象に残りますよね。これは藤沢製本の信用に関わる大きな問題だと感じました。そこで、5Sを徹底していこうと社内報を作り給与明細に忍ばせ、身の回りを整えるように呼びかけ始めました。呼びかけを続けていくうちに、社員から『道具の住所を決めたい』や『新しいほうきを買ってきて欲しい』といった声が出てくるようになりました。理想の工場にはまだ遠いですが、徐々に意識が変わってきたと感じます。」
B2Cに挑戦した背景
藤沢製本は『テキトーフォーミー』という自社ブランドを立ち上げました。現在、オンラインコマースサービスBASEを利用してネットショップを開設し『かばおのノート』を販売しています。(取材時点)
「3年前藤沢製本の経営に関わり出した頃、厳しい未来が待っていると予想される出版・印刷業界への危機感から、何か動かなければと考えました。その時に、本業の強化や新規事業など様々なアイデアは浮かびましたが、最初の1年間は本気で本業をやってみようと決め取り組みました。1年間試行錯誤した結果、本業で収益を上げるには、やはり値上げするしかなさそうだと痛感しました。ですが、古い付き合いの取引先もあり、それは現実的に今すぐできることではないというのが正直なところでした。そこで、次の手として自社ブランド立ち上げや、自社製品の開発に挑戦しようと判断しました。」
藤澤さんが自社ブランドを立ち上げた背景には、更に理由があります。
「社外から藤沢製本の技術や仕事を認めてもらうきっかけ作りと、社員に仕事の誇りを持ってもらうためです。本業では、お客様の仕様通りに加工することが最優先です。ご要望に応えてきたという実績は確かにあり、それは間違いなく藤沢製本の財産です。しかし、自分たちの仕事そのものに注目し、認めてもらう機会はありません。もちろん本業は今後も主力事業として取り組んでいきますが、心の奥底で藤沢製本の技術を外部の方々にもっと認めてもらいたいと思っていました。
加えて、社員に仕事への誇りを持ってほしいという願いがあります。これまで自分たちの作ったものがどう使われているか、どう役に立っているかということは考えてもみませんでした。社外に認めてもらうには、まず社内で働くメンバーが自分の仕事に誇りを持つことが大事です。
テキトーフォーミーを通して藤沢製本の仕事を知ってもらい、更に社員には仕事への誇りを持ってほしいと考え、それを実現するために自社ブランド、製品の開発に挑みました。」
オリジナル製本技術を編み出した
*カバの妖精 かばお
『かばおのノート』にもある、“かばお”とは、藤澤さんが工場で見た“背固め機”という機械からインスピレーションを得て生まれました。背固め機とは、本のハードカバー(硬い紙の表紙)を作る工程で使用される機械で、学術書など耐久性を求められる書籍の製本では良く使われています。学術出版を主力としてきた藤沢製本にはなくてはならない機械です。
背固め機がカバに見えたことをきっかけに、かばおというキャラクターが浮かび、テキトーフォーミーへ活かすこと思い付きました。『かばおのノート』に関する詳しい製作秘話は、藤澤さんの『開発ものがたり』をご覧ください。
特にものづくり新聞が注目したのは、試行錯誤の結果“まんま背固め製本”というオリジナル製本技術を編み出した点です。
ハードカバーの製本作業は、背固め機で本の背を固めた後、補強材を背に付け、表紙(ボール紙に表紙を貼り付けたもの)を巻いて完成させます。この製本方法は本の強度が増すため、藤沢製本の本業には欠かせない作業です。しかし、開きやすく書き込みやすいノートには不向きでした。
「世の中にある180度開くノートは、基本的に糸かがり製本という技術で作られています。『かばおのノート』を作る時、書き込みやすいよう180度開く作りにしたかったものの、糸かがり製本専用の機械が社内になかったため、どうしようかと悩んでいました。試行錯誤の末たどり着いたのが、背固め機で本の背を固めた状態で完成とする方法です。補強材や表紙を付ける作業を思い切ってやめてみると、糸かがり製本をしなくても180度開くノートを作ることができました。」
自社ブランドへの取り組みで見えた課題
学術出版製本を手がける主力事業と自社ブランドの両立は、バランスが難しいという悩みがあります。
「経営者としての仕事と並行して自社ブランドを進めている状態ですが、そのバランスを取るのが難しいと感じる日々です。もちろん現在でも主力事業は学術出版の製本事業です。本業を疎かにするわけにはいきませんので、社員の皆さんにはこれまで通り本業に従事していただき、テキトーフォーミーにまつわる仕事は私がメインで取り組んでいます。
『かばおのノート』の製造に関しても、ごく一部のメンバーと本業の合間を縫って少しずつ生産している状況です。まだ社員全員にとってはあまり身近ではなく、“また何かやってるのかな”という感じですが、社内報などで共有は怠らないようにしています。まだみんなで取り組むという段階にはなっていませんが、少しずつ社員の方々にも手伝ってもらいながら、将来的に会社全体で取り組む仕事にしていきたいです。」
2度のギフトショー出展
藤沢製本は、町工場プロダクツの一員として東京インターナショナル・ギフト・ショーへの出展を2回経験されています。(町工場プロダクツとは、ものづくりコミュニティ“MAKERS LINK”から派生した、自社製品の開発/発表/販売を通じ、町工場の活性化を目的とした活動チーム)
「文化祭のような雰囲気の中、他の町工場の方々と一緒に展示を作り上げるのは楽しいです。今までは表に出ない会社だったので、新鮮ですね。出展側ですが、私自身もこれまでは知らなかった技術や製品との出会いがあり、勉強になることも多いです。」
藤沢製本のブースにはかばおのノートが展示されていましたが、藤澤さんの目的は自社製品のPRだけではありませんでした。
「かばおのノートを通して、藤沢製本の技術や考え方を知っていただき、本業の仕事に繋げることを大きな目的としていました。私たちの考えに共感してくださる方々と仕事がしたいと思っています。かばおのノートという自社製品がそういった方々と繋がるきっかけになってくれています。
2回目の出展の際には、展示中に出会ったある企業様からノベルティーとして配るノートの発注をいただきました。ただ作って欲しいという発注ではなく、テキトーフォーミーの世界観や、ブランドコンセプトに共感いただき、その世界観でノートを制作して欲しいというご依頼でした。製本だけでなく、デザインも一緒に検討していくことになり、藤沢製本としてははじめての取り組みです。ドキドキしていますが、共感してくださる方と共に仕事ができるのは大きな喜びです。」
初回出展の反省点を2回目に生かしたというお話も伺いました。
「展示会の場でお客様と商談となった時に、取引内容や条件などをさっと提示できるような資料を作っていた方がいらっしゃいました。買いたいと思ってもらった瞬間を逃さないための良いアイデアだと思い、参考にさせてもらいました。」
藤沢製本は、2022年2月8日から3日間行われるギフトショーにも町工場プロダクツとして参加予定です。藤澤さんご自身は町工場プロダクツの実行委員として、自社だけでなく全体の取りまとめも担当されます。
「次回のギフトショーでの町工場プロダクツの展示は、出展企業の目的別にまとまりが出るように展示することを考えています。藤沢製本としては引き続き、一緒に商品を作りたいという方々と出会うことができるように、展示を準備していくつもりです。」
自社ブランドに込めた想い
藤澤さんが自社ブランドに込めた想いは、自分にとって丁度良く無理をしない“テキトー”さ。現在商品化しているのはノートのみですが、テキトーフォーミーは文房具ブランドではありません。
「今後、テキトーフォーミーをライフスタイルブランドとして育てていきます。例えば、交流のあるアトツギの会社や、Twitterでの繋がりを通して、仲間と共に新しい製品を作るという取り組みにも関心があります。そういった取り組みも含めて、ブランドコンセプトに合ったものであればノート以外のものも開発したいです。現時点では自社の設備でできることを中心に考えていますが、今後様々な繋がりの中でものづくりすることを目指していきます。」
本記事の取材後、テキトーフォーミーは、大阪に本社を構えるウメモト株式会社に依頼し、かばおのノート〈3冊セット〉にノベルティーとして付ける『かばおのステッカー』の製作に取り組みました。こちらの記事では、藤澤さんがウメモト株式会社の工場に訪問し、ステッカーを製作した様子が写真付きで書かれています。藤澤さんのものづくりへの思いや、色作りからこだわった様子も垣間見ることができます。是非ご覧ください。
「テキトーフォーミーは今後ラインナップを増やし、いつか製本業を営む株式会社藤沢製本という存在にとらわれないライフスタイルブランドとして確立したいと思っています。滋賀県では『あー!カバの会社ね!』と言っていただけるような誰もが知っている会社になるために、今後も積極的に取り組んでいきます。」
編集後記
ブランドコンセプトや開発の経緯をお伺いすると、自分や身の回りの人が良いと思うものを作ろうという藤澤さんの想いを強く感じました。そういった作り手の想いは製品を通してお客様にも届くのではないでしょうか。
また、展示会で新規受注を獲得したというお話は興味深かったです。展示会を含めたPR活動は、自社製品そのもの宣伝だけでなく、既存の事業にも良い影響を与えることもあります。B2CとB2Bを切り離さずに考えるというのも、一つの方法だと感じました。
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