ドラえもんとUFO

(この文章は同人誌「UFO手帖2.0」に掲載したものが元になっています)

(オチまでは書いていませんが、ストーリー上のネタバレがあります)


 おそらく日本の国民的漫画作品の一つとして名前を挙げても、どこからも文句は来ないであろう藤子・F・不二雄(以下「F先生」)の傑作「ドラえもん」。設定に関する詳しい説明は不要であろう。

 F先生は超常現象がらみの話がお好きだったのは間違いない。それはSFを経由してお知りになったのではないかとも思う。俗に「すこしふしぎ短編」と言われる中の「宇宙人」や「ニューイヤー星調査行」には「古代宇宙飛行士説」の影響が見られるし、「エスパー魔美」にインチキUFOがらみの話があったり、「T・Pぼん」にアンブローズ・ピアズの失踪にからむ話もあったりする。


 そして「ドラえもん」にも数々の超常現象モチーフが登場している。古代超文明が本当に発見され、テレビや週刊誌で報道される「のら犬イチの国」(最後には空飛ぶ円盤も現れる)。平面地球も月の裏側文明も地球空洞説も思いのまま、「ワンダーライフ」誌にスピンオフ企画まであった「異説クラブメンバーズバッジ」。アマチュア古生物学者が次々ドラえもん達の作ったインチキ化石から古生物の姿を見出してしまう「化石大発見!」(本当に最後に大発見がある)。「恐竜時代に共存していたサル」(?)の化石が発見される「恐竜の足あと発見」。あの謎の生物がタイムパラドックス的な存在として描かれる「ツチノコみつけた」。都合よく現実に起こった事件事故と同じ事が書かれた書物が登場する「大予言 地球の滅びる日」。雪男が本当に登場してある村の危機を救う「雪男のアルバイト」。


 またもともと「ドラミちゃん」として書かれた作品にも、テレ朝の年末スペシャルばりのトークバトルが展開される「ネッシーが来る」(本当に来る)や、ダウジング・ロッド(効果は現実世界のそれと同様不安定なようだ)が登場する「地底の国探検」がある。

 大長編にも色々あるが、「のび太と竜の騎士」が忘れられない。恐竜絶滅に絡む最新の科学トピックに、河童の正体や「ありえそうな」地球空洞世界を描ききっており、「空飛ぶ船」が地上世界に現れるシーンもしびれる。


 さて「ドラえもん」の「UFO」、「空飛ぶ円盤」の登場する話だ。


 まずは「ハロー宇宙人」、トビラは夜のビル群に現れる空飛ぶ円盤と慌てるドラえもん、「ついにこの日が来た」の構図。その発表は1976年夏、この作品では「火星」が重要な舞台となるが、時はまさにバイキング1号が火星に着陸して調査をしようというタイミング。既に「火星人」のような大きな生物はいないだろうという事になっていたが、人々の火星に関する知識が大きく変わろうという時である。話題になっているのは判るが執筆時には調査結果は判らない。F先生、チャレンジャーだなあ。

 同時にこの翌年はケネス・アーノルドの目撃、つまり「空飛ぶ円盤」の名前がついてから30年、全国各地で「UFO展」が開催される程。1973年頃にゴールデンタイム進出を果たした矢追純一のUFO特番も好調で、日清食品のカップ焼きそば「UFO」も発売されており、「UFOロボグレンダイザー」や「UFO戦士ダイアポロン」がヒット、もうこの頃には「UFOブーム」であった。


 本作品にも「円番さん」というUFOマニアが登場する。金持ちのはずのスネ夫がメロンを食べる為に接触するが、この頃のUFOマニアって金持ちだったのか? 並木伸一郎さんとか志水一夫さんを見ていると、そんな気がしなくもない。円番さんはスネ夫のインチキ証言から地図にラインを引いているが、これはエメ・ミシェルの「UFO直線則」を思わせるというのは穿ち過ぎか。

 スネ夫達のインチキに対抗すべく、ドラえもんは本当に火星人を作り、それを地球に来させる事で「ホンモノのUFO写真」を撮ろうというアイディアを出す。のび太はよく判っていないのだが、この辺りは22世紀と「現代」の感覚のミスマッチの面白さであろう。


 ここで、今となってはあまり聞かない話が出てくる。火星にコケが生えているというのだ。火星のコケというとエドガー・ライス・バローズの小説にも、かつての海底にある緋色のコケが出てくるが、科学的な説もある。「カイパーベルト」にその名を残す天文学者、ジェラルド・カイパーが地上からの観測をスペクトル分析して1948年に発表したもので、それに先行してソ連の科学者、ガブリール・A・チホフはさらに高等な植物の存在する可能性を唱えた。もとは火星を観測したパーシヴァル・ローウェルあたりが言い出したんじゃないかと思う。

 この「火星のコケ」の話はバイキング1号の着陸以前は図鑑によく載っていたものだ。言い方を変えればこれが最後に出せるタイミングの、古くなってしまう科学情報となる。

 つまり、バイキング1号により火星の土壌の代謝機能、光合成、有機物の調査が行われたのだが結局生物は認められず、この時代の後では「火星のコケ」は忘れられてしまったのだ。代わって「火星の人面岩」や「火星の空が青い」といった話が話題となる。

 F先生がこの事を予想していたのかいないのか、ドラえもんは進化放射線を当てながら、着陸地点の峡谷(既にマリナー探査機の調査で峡谷がある事は判っていた)のコケをロケットの熱風でほとんど枯らしてしまう。環境保全とかエコとかいう言葉のまかり通る以前の時代っぽいやり方だ。


 結果として「火星人」が誕生する。頭が大きく手足が細いのはH・G・ウェルズ以来の火星人像を踏襲している。

 火星人の進化の描写と平行して、スネ夫、ジャイアン側はインチキ写真(投げて撮っている)を円番さんに見せる様子が描かれる。これが典型的なアダムスキー型だったのがいけなかったのか、円番さんに疑われてしまう。この当時の「科学派」UFOマニアにはジョージ・アダムスキーのような宗教寄りの人物を認めない人が(高梨純一さんはじめ)かなりいたものだ。


 いよいよ火星人は「空飛ぶ円盤」を作るまでに進化し、地球にやってくる(この場面をのび太とドラえもんは見ていない)。コケから進化したからか姿はかなり小さいので地球人には気付かれない。しかも夜ではなく日中である。

 この当時の日本の(東京の)都市部の様子が描写されるが、ここにも解説が必要な時代になってしまった。今の中国のように大気汚染や騒音など、公害が大きな問題となっていたのだ。

 ドラえもんとのび太(と火星人)の見ているテレビ番組「UFOレンジャー」のコスチュームは「秘密戦隊ゴレンジャー」がベースだろう(「円盤戦争バンキッド」及び「ジャッカー電撃隊」は放送前である)し、敵の空飛ぶ円盤は昔の映画版「宇宙戦争」のウォーマシンを思わせる。


 オチはタイトルとは裏腹に何とも寂しさが残る。「火星人の消えた夜」とでも呼びたいような話だ。

 次に「ニセ宇宙人」、こちらも初出は1976年。トビラは八百長コンタクトシーン。のび太がドラえもんの道具を使って宇宙人とのコンタクトをして自慢する話が浮かぶが、実は内容はまるで違うのだ。

 話の始まりでスネ夫の撮ったという怪しい写真が登場。ジャイアンとスネ夫の語る「念じるとUFOが来る」というのは、CBAの騒動を乗り越えて当時まだあったテレパシーコンタクトの考え(有名な所では「ベントラ」っていう呪文がある)そのものだ。そして写真のトリックは「糸で吊る」というこれまた当時の定番。

 これで騙された事が判ったのび太にドラえもんが出した仕返しの道具が、「組み立て円盤セット」と「ラジコン宇宙人」。「組み立て円盤セット」は未来の幼稚園児が乗って遊ぶらしい。こういう「未来のおもちゃはすごい」という発想はF先生の作品にはよくある。「ラジコン宇宙人」はタコ型。22世紀の文化でもタコ型は生き残っているんだな。


 今度は投げて撮る方式で空き地でインチキ写真を撮るジャイアンとスネ夫。だいたいこの頃のインチキUFO写真は「吊る」「投げる」「窓ガラスに何か貼る」といった単純なトリックで撮影されていたのだ。

 そこに現れる空飛ぶ円盤と降りてくる「タコ座八番星」の宇宙人(もちろんドラえもんとのび太の仕掛けたニセモノ)。怪しい訛りのカタカナ言葉でジャイアンとスネ夫に大統領ならぬ首相に会わせろと要求する。だいたい「宇宙人が大統領に会いたいと言っている」とか言っちゃう人は、「選ばれし者」と思い込んでいる印象だが、この場合は完全な罰ゲームだ。

 首相に電話をかけるスネ夫もおかしいが、ニセ宇宙人が「死刑!」と言う(ポーズは違うがもちろん当時大ヒットした「がきデカ」のこまわり君の決め台詞)のも時代を感じる。

 オチは、このまま落としちゃったらジャイアンとスネ夫ちょっとかわいそうだな。この話ではのび太はちょっと冷酷だ。

 この「ジャイアンやスネ夫に特別な体験をさせる事で仕返しをする」というアイディアでは、他に「エスパースネ夫」という傑作がある。


 そして「未知とのそうぐう機」、初出は1978年、もちろん元ネタは映画「未知との遭遇」。映画では音を使ってのコミュニケーションが印象に残るが、この作品に出てくる機械も音を使って異星人とコンタクトするものだ。のび太が呼び出して墜落した「UFO」は、のび太の部屋にすっぽり入る大きさ。実際に目撃されたUFOもそれくらいの大きさだったりするから不思議ではない(?)。

 この「UFO」から現れたのがハルカ星から二千万円の燃料費をかけて来たハルバル。ハルカ星の無敵艦隊とも知り合いのようだ。

 一応コンタクトもののストーリーになっているが、普通のコンタクトものは異星人側の目的や考え方が判らないのに対し、この話ではのび太の目的が判らない。というより何も考えていないのだ。そんなコンタクトありか? とりあえず食事をさせてごまかす辺りは日本的外交なのか? 最後はなんとか都合よく「呼び出した理由」を見つけ、感動的(?)なラストに繋がるんだけど。

 でも、この話で一番おかしいのは「アザラシなんかつれこんで」というのび太のママだろうな。


 他にも「ロケットそうじゅうくんれん機」(1977年初出)では、のび太が遠隔操作する小型の空飛ぶ円盤が、介良事件のようにスネ夫に捕らえられる場面がある。脱出の為にパワーを全開する所も介良事件みたいだ。

 この話ではシミュレーターの機能によって、その後よく見られる「しずかちゃんのサービスシーン」が、「洞窟に恐竜の生き残り発見!」に見えるという所が面白い。どちらも未知の世界に対する夢とロマンがあるという事か?


 しかしこうしてみると、1970年代のUFOブームの頃の作品ばかりだ。日常が題材になる事が多い「ドラえもん」では、実は「空飛ぶ円盤」、「UFO」はちょっと使いにくいガジェットなのかも知れない。

 とはいえ、子供に超常現象を教える上では、「ドラえもん」はなかなか便利な作品だと思うので、今後も続けて再版してほしいものだ。





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