「ぼくは神様」の事

 パラサイコロジーという言葉がある。パラっとサイコロを投げ、ジーっと見つめる事だと言ったのは志水一夫氏であった。日本語では超心理学と呼ぶ。果たして、サイコロの出目(乱数)に(不正無しに)影響を与える能力を持った人間は存在するのか? カードを見ないで描かれた絵柄を(不正無しに)当てられる人間は存在するのか? 大ざっぱに言えば、このような「超能力」を科学的に検証するのが超心理学であった。「ムー」を読んでいた人ならばデューク大学のJ・B・ライン教授の名前は記憶にある事だろう。 

 藤子・F・不二雄の短編に「ぼくは神様」という作品がある。すごく人気の作品という訳では無いらしい。タイトルに「神様」とあるが、主役は強運の持ち主である。「運」というテーマからすると「ドジ田ドジ郎の幸運」と同じジャンルという事になる。こちらはロボットのゴンスケが出てくる事もあって、結構人気なようだ。

 お話として「ドジ田ドジ郎〜」の方は運の無い人間がゴンスケのお陰でバカヅキになる話。「ぼくは〜」の方は運が良かった人間が、その運を取り上げられる話である。

 後で良くなる方がお話としては人気になるのは分かる。

 世の中は偶然で出来ている。とはいえ、この偶然は公平ではない。サイコロの出目とは違うのである。

 人はみんな、自分の運がもっと良ければいいと思うものらしい。

 前に、人生のサイコロでいい目を出すのであれば、サイコロを振る回数を増やせばいいと言っていた人がいたが、正解かどうかは分からない。

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