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ルーマプラザのラプソディ 〜高知 ルーマプラザ 閉店〜

明け方の高知駅に、白い息を切らしながら
大荷物をぶらさげて走り込む。

4:51の始発の特急に乗るために、
繁華街である帯屋町から高知駅まで
歩いても15分程度の距離を寝坊したために、
わざわざタクシーに乗る羽目になった。

いや、僕はタクシーに乗る「運命」だったのだ。

前日から泊まっていたサウナ「ルーマプラザ」の前に
一台だけタクシーが停まっていた。
手をあげて乗りますのジェスチャーをするも無反応。
近くまで寄って、運転手さんがようやく気づく。

ドアが開くと同時にあわてて
「51分の特急に乗りたいんですけど、間に合いますか?」
と伝える。
「大丈夫ですよ、早く乗ってください」

タクシーのドアが閉まり、一呼吸つける。
あー間に合う、大丈夫だ。と思った。
ゆるんだ僕は、運転手さんに話しかける。

「ルーマプラザで寝過ごしてしまって、
特急に乗れないところでしたよ〜w」

すると運転手さんは、寂しげな声色で
「ルーマプラザ、明日で閉館してしまうんですわ〜」

もちろん僕はそれを知っててここにきた。
というより、高知に来た今回の目的のひとつが、
ルーマプラザ高知に来ることだったと告げた。

ここ数年何度も高知に来ていながら、行ってみたかった
ルーマプラザに一度も来る機会がなかった。
最後の最後になってチャンスが訪れたのは幸運だった。
常連のお客様の席を、ひとつ譲っていただいたような
恐縮した気持ちさえあった。

運転手さんは、
「わたしら、深夜のタクシーの仕事を終えると、
2日にいっぺんは、あそこのサウナに行くんですよ」

「普通だと2500円だけど、早朝5-9時に入ると
1700円で昼過ぎまでいられるんでね。」

この方は、まさにルーマプラザの常連さんで、
ヘビーローテーションでサウナに行く、
サウナーの大先輩でもあったのだ。

「無くなっちゃうの寂しいですよね〜。
でも、あんなに設備もキレイなままで、
手入れも行き届いているのに、なんで辞めちゃうんですか」

「しゃあないんですわ、平日の昼間にサウナ行くでしょ。
休憩室に、客が3,4人しかおらんのです。
土曜は、ようけ混むんやけど」

ルーマプラザは帯屋町という、高知で一番の繁華街のど真ん中に27年前に誕生した、まさに平成を駆け抜けたサウナ施設だった。館内は現在は男性専用施設で、男たちのオアシス。メインのサウナは、100度を超える高温サウナと、オートロウリュウ式の低温サウナの2種類が楽しめる。水風呂は16度で高低差のバランスが程よい。湯船の他に白湯25度がついており、外気浴が楽しめる、屋上テラスと寝湯がある、サウナーにとって必要十分な施設なのだった。
1人ずつのテレビ付き寝台ソファのある休憩室と、布団がたくさん敷いてある暗めの仮眠室で、雑魚寝する。
さらに簡易式の2段ベッドが複数置いてある部屋には、ベッド以外にも隙間なく布団が敷かれ、かなり大勢の男たちがそこに寝そべる事になる。

深夜タクシーの運転手さん達が、仮眠を取りにやってくる
午前中には、この広めの仮眠室に3,4人だけなのだから、
従業員の数の方が多い事になってしまうのだ。

老朽化の末に閉店するのではないという事実に、
一抹の悔しさは残る。

タクシーの運転手さんが続ける。
「土曜は帰れんくなって、タクシーで帰るより、
ルーマプラザで寝てった方が安いでしょ、だから混むんですわ」

高知の男性はお酒の席が大好きだから、飲む気がある市外の人は
あらかじめホテルを取ったりして、深夜まで飲み明かす。
人気の餃子とラーメンの屋台「屋台安兵衛」も朝4時までの営業

急に誘われる場合も多いらしく、それでも断らないのが、
縦社会を重視する「土佐のいごっそう」
ホテルを予約していなくても、4時まで飲みあかして、
まもなくすると、ルーマプラザのモーニングプランで
5時から15時まで過ごせるというわけだ。

土佐の人たちの酒の席に対する情熱を支えてきたのが
ルーマプラザの存在だった。

信号がつながってしまったのか、
5分と経たないうちに、高知駅に着いてしまった。
お金を払い、急いでホームに駆け込まないといけないはずが、
なんとなく降りたくなくなってしまった。

「忘れ物ないようにしてくださいよ」
とタクシーの去り際に、必ず言われる一言を発したあとで、
運転手さんがポツリと一言。

「25年もサウナに行っとったのに、
明後日からどこに行ったらええんやろう…」

駅のホームを駆け上がりながら、ふと思った。

運転手さんは朝の4時にルーマプラザの前に停車して、
誰かが乗ってくるのを期待していたんだろうか。
あのとき、僕が手をあげてアピールしたのに、
タクシーは近づいては来なかった。
消えゆく憩いの場、通い詰めた自分の居場所に別れを告げていたのか
それはもう誰にもわからない。

高知市内の、ひとつのサウナが閉店した。

運転手さんも、僕も、忘れ物を取りにいける場所は、もう無いのだ。

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