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走馬灯(第5話)

 

 
 茶色く薄汚れた建物が目の前に建っている。
 その建物の庭には小さな公園のような広場があって、そこで二、三人の子供が遊んでいる。だけどその子供たちはじっと黙り込んで、ひたすら砂場の砂を掻いていた。
 私はその建物の前に立って、ぼんやりとその中の光景を眺めている。
(私は、この建物を知っている)
 正面の玄関のドアが開いた。
 中から先ほどの中年の男性と少女が出てくる。先ほどの光景で見た二人だった。
(小さい少女は私。そしてこの男性は……)
 少女は男性に手を引かれてその建物の前にある小さな門の前まで来た。すると少女は立ち止まった。それに気づいた男性も立ち止まって少女の前に歩み寄る。屈んで、少女と視線を合わせた。
「どうした?」
「これから、どこへ行くの?」
「それは昨日も話したでしょ。これから君のお父さんとお母さんになってくれる人のところへ行くんだよ」
「お父さんとお母さん?」
 少女はきょとんとした顔をする。
 
(そうだ……。そうだったんだ……)
 私は小さい頃にこの施設に来たんだ。そしてそこで一年ほど暮らし、養家に貰われていった。でも、どうして私はそのことを忘れてしまっていたんだろう。いや、本当は忘れてなんかはいなくて、私はその記憶を無意識の奥底に必死になって閉じ込めていたんだ。でも、なぜなんだろう。どうして小さい頃の私はそのことを意識の外に封じ込めていたんだろう。
 そこまで考えると、頭痛に襲われた。
 今の私は記憶の中の幽霊に過ぎないのに、それでも頭痛がするということが不思議だった。この痛みは物理的な痛みなのだろうか。それとも精神的な痛みが、記憶の中の私に再生されているだけなのだろうか。考えても分かるわけもなかったので、私はそれ以上考えるのをやめた。
 
 少女は男性に手を引かれて再び歩き出した。
 その少女の顔は、怖いくらいに無表情だった。
 

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