独居初心者が開き直るまで
こんにちは、浅葱です。
大学進学にあたって初めての一人暮らしを始める際、私が実家から持ちだしたものは6個の段ボールとキャリーケースに収まる衣類や書類、日用品のみでした。家具は部屋に置けるものを買い直し(実家で使っていた家具は家族によって使われているようです)、引っ越し先に配送され次第組み立てることになっていました。
自力で、です。行き先の街にゆかりは全くなく、手伝ってくれる人もなく、がらんどうの部屋を一人で居住空間に整える3日間が始まりました。
ガス開栓立ち会い、スーパー探しと食料買い出し、次から次へ運び込まれる段ボールを置ききれるように部屋に配置しては順番に開封。家主が非力なために冷蔵庫を自分で動かすことが出来ず、玄関を塞ぐ形で冷蔵庫を置いていたのを見かねてまともな場所に配置してくださった宅配のお兄さん、ガスホースを緩みなく差し込むためだけにわざわざ出向いてくださったガス会社のお兄さん、あのときはありがとうございました。
カラーボックス1つ組み立てるのにも3時間はかかるし、そもそも片付けと同時並行でないと作業場所が確保できないし、机や食器棚に至ってはパーツが多すぎて半日以上かかる。しかも梱包材の発泡スチロールは砕かないとごみに出せないので、昼間だけとはいえうららかな春休みに延々響き渡る発泡スチロールの破壊音……。ご近所から苦情は出なかったようですが本当に申し訳なかったです。
やっとのことで最低限「居住空間」とぎりぎり呼べるレベルの部屋ができあがったとき、すでに3日が経過していましたが、とりあえずシャワーを浴びようと考えました。
どうせ誰にも会わないし部屋自体の汚れと作業ですぐ汚れるからってシャワーも浴びずにいたけど、さすがに今日は汗とほこりにまみれた髪と身体を洗い流すぞ!それで明日は清潔な身体で自転車を買って区役所で手続きするんだ!
期待を膨らませてレバーをシャワーに切り替え、蛇口に手をかけます。
……?
何も出ない。
切り替えレバーをカランに合わせると問題なく水は出ます。が、シャワーに切り替えると出なくなる。
もしかして…壊れていらっしゃる。
物件の管理会社の人に確認しようとしましたが営業時間終了後です。
ごく普通の単身者用物件で引っ越し先の設備がいきなり壊れてるのはそれなりによくあることなのかもしれません。しかし。
このタイミングで「文字通り何もしてないのにシャワー壊れてたんですけど」って連絡するってことは3日間シャワーを使おうともしてなくて壊れてることに気づかなかったのがばれることを意味するよね?
……なんか嫌だ。部屋説明以来初めての管理会社の人との会話がそれとか。
今なら「いやお前自意識過剰やから。きれい好きの友達とかならともかく、滅多に会わない管理会社の人に忙しいからって汗と接着剤とほこりまみれのまま3日風呂に入ってなかったことがばれたところでどうってこたないやろ」と言えますが。
ちょっと弱ってたんですね、あのときは。実家を出るまでは意識して家族との時間をとるようにしていたのに、いきなり知らない街に居場所を確保しなきゃいけなくなったから。それまで頭脳のリソースは大部分を受験に割いていれば良かったけれど、厄介な手続きとかライフライン料金の振込とか防犯とかにも気を配らなくてはならなくなったから。
誰一人知り合いのいない街の片隅の、自分以外の気配のない空間に放り出された寂しさ。爆音を出さなければうまく処理できない大量のごみ、いつ終わるともしれない組み立て、やたら複雑な書類の煩わしさ。身の回りの力仕事すらできないひ弱な両腕でそれらをすべてこなさなければならない不安。
意識の片隅に抑え込んでいた感情が、設備の故障に3日間も気づかなかったことを知った瞬間に一気にあふれ出しました。
こんなんでやっていけるんだろうか。他にも見落としてることがあるんじゃないだろうか。そしてそれはシャワーが出ないことなんかよりもっと重大なことなんじゃないだろうか。というか魔女の宅急便のキキは13歳で知らない街に自分の居場所を確保したっていうのに、もうすぐ19歳になる自分はそれもうまくやれないのか。焦燥と落ち込みの波がかわるがわる襲ってきます。それを止めてくれる人もいません。
結局悩みすぎて何が何だかわからなくなって、ふらふらと外に出てたどり着いた先は銭湯でした(買い出しのときなどに銭湯の存在には気づいていました)。湯船にぼうっと浸かっていると、どうしようもない不安が少しずつ溶けていって、まあ何はともあれここで生きていくしかないなあ、と気持ちがほぐれていったのを覚えています。
結局シャワーは部品の交換が必要だったので、自室で入浴できるようになったのはもう少し後でした。銭湯が嫌いではないですがちょっと毎回行く金銭的余裕はないのでありがたかったです。
ちなみに「他にも見落としてることがあるんじゃないだろうか」という不安は的中していました。電気契約が済んでいないこと、至急対応しないと電気を止められることを電力会社からの電話で初めて知らされたとき、謝罪しつつ「けっこう適当でも生きていけるもんだな」と開き直りにも近い感情を抱いたことを覚えています。もちろん再発防止には努めますが、こんなんで生きていけるだろうかと不安がるほど気負うことでもなかったなと、物件管理会社の電話番号を打ち込んだまま発信ボタンを押せないでいた当時の私に伝えたいです。
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