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mono-lessの文体練習 #18【勝利に次ぐ勝利】

 本コーナーは、一つの短いストーリーをあらゆる異なる文体で書いていくコーナーです。加工前の原文はこちらの記事になります。

18.勝利に次ぐ勝利

 ファミリーレストランに入店するやいなや、彼は満席の店内を見まわした。壁にかかった時計に目をやると、時刻はちょうど午後0時。彼はフンと鼻を鳴らし、笑みを浮かべた。
(勝ったな)
 そう思い、ちらりと自身の腕時計を見る。
(俺の時計の方が五分も早い)

 彼は何に対しても対抗意識を燃やさずにはいられないタチであった。

 ふと窓際のテーブルを見ると、そこには音楽フェスのTシャツを着た二十六歳くらいの男が座っている。勝った、と彼は思った。
(あれは今年のだ。俺の着ているTシャツは第一回のだからな)

 男の元へ店員が歩いていく。勝ちも同然だ。
(遅すぎる。俺が本気で走ればすぐに追い抜ける)

 店員に男は注文を言いつけ、また店員はその注文を繰り返した。圧勝である。
(俺は一度で覚えたが)

 さらに男は追加でデザートを注文した。彼は勝利を確信した。
(俺は今朝CMを見た時から、すでに注文しようと思っていたが)

 その時、ドリンクバーの方から女の声が聞こえた。振り向くと、子供が母親に、飲み物で遊んではいけないということを注意されている。彼は勝利の愉悦に浸った。
(俺は母親の前では飲み物で遊ばないが)

 二十分後、男はデザートに手をつけずにスマートフォンをいじっていた。それを見た彼は、ふとSNSで店名を検索してみた。すると男が投稿したらしき写真を発見。恋人とランチを食べた、という旨のコメントが書かれていた。
 勝ちの予感がする。
 どう見ても男に同席者が存在しているようには見えない。きっと男の脳内にのみ存在する恋人なのだろう。しかし写真にはハッキリと「半分に切って彼女にあげた」というコメントが書かれている。彼はほくそ笑んだ。
(俺の脳内にいる彼女は「あーん」してくれるが)

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