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mono-lessの文体練習 #13【実況中継】

 本コーナーは、一つの短いストーリーをあらゆる異なる文体で書いていくコーナーです。加工前の原文はこちらの記事になります。

13.実況中継

「さあ、ここファミレススタジアムは本日も満員御礼の大賑わいであります。皆さま、いま一度窓側のテーブルに一人で座るこの男をご覧ください。齢二十六歳ほどでありましょうか。パンクフェスをあしらったTシャツ。それはまさに己の反抗的なアティチュードを誇示するかのようであります。いまそのもとへ、ゆっくりとした足取りで店員が近づいてまいりました。『どんな複雑怪奇な注文でもかかってこい。ねじ伏せてやる』と、どこか挑発的な足取りに感じるのは私だけでありましょうか。さあ、ここで男がメニューを手に取りました。店員も一歩遅れて端末を取り出して……さあゴングが鳴った!試合開始です!男はもったいつけた様子でページを繰っておりますが、店員も無言で動かない。ここは相手の出方を見る構えでしょうか。しかしその鋭い目線は男の口元を捉えている。口の動きを先読みして、いち早く注文の繰り返しを叩きこむつもりでしょうか。さあ、男の口がいま開いた!この口の動きは!?ハンバーグか!?ハンバーグなのか!?違う!ハンバーグ&グリルチキンだ!しかし店員、このフェイントにはまったく動じておりません!まるでジッと動かず気を高める剣の達人のような、あるいはやる気のないアルバイトのような、そんな静けさであります!あ!ここでセットの注文!しかもライスではなくパンのセット!まさかの展開でありますが、ここですかさず店員が動く!食い気味で注文を繰り返しはじめた!読まれていた!完全に読まれておりました!この男、毎度毎度同じ注文をしているのでしょうか!店員、読みに読み切っていた!しかしここで負けじと男もカウンターだ!追加のデザート注文を御見舞いであります!おーっと?これはどうしたことでありましょうか!いま、ドリンクバーから会場の喧噪を切り裂くような雄叫びが上がりました!男も店員もこれには思わず振り向いた!そうだ!敵はどこにいるかわからない!この世はまさに戦場だ!場外乱闘が巻き起こっております!戦地に降り立つ鬼神のごとく荒れ狂う女が、その幼子を叱りつけ、いま会場は混沌の様相を呈しております!たまらず店員が駆け付けた!これは続行不可能!試合中止です!中止であります!」

「さあ、先ほどの戦いから二十分ほど経過いたしまして、男はシメのパフェに移行しております。今はスマートフォンをいじっておりますが、解説さん、だいぶ落ち着いた様子ですね」
「そうですね。いま私もね、SNSで会場名を検索してみたんですけどもね」
「ええ」
「どうも本人らしき投稿があるんですよね」
「あ、そうですか」
「パフェの写真と一緒にね『彼女と食べてる』って書いちゃってるんですよ」
「あらま(笑)」
「ちょっとやっぱりね、ここでもブラフをかますっていうのがね、やっぱり彼の負けず嫌いな面が出てますよね」
「なるほど、まだ俺の闘争本能はアイドリングしているぞ、と」
「いえ、ただの見栄っ張りです」

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