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盤があるなら嬉しいです #2【HIROSHI YABE SONG BOOK〜矢部浩志カバー・アルバム / V.A. (2020)】

 
 こんな形でトリビュート盤が出るとは思いもよらなかった。
 元カーネーションのメンバーで、現在はMUSEMENTやControversial Sparkで活躍する、曲も書けるドラマー・矢部浩志氏。今年五月に急性骨髄性白血病と肺炎で入院した彼の治療費支援のために、縁の深いミュージシャンが集結した。やはり身を助けるのは芸と仲間だ。

 女性ボーカルにも関わらず、がっつりキーを下げるという一色進 loves なんちゃらアイドルの『MOTORCYCLE~』にのっけから度胆を抜かれた。同じくアイドルグループ・うどん兄弟の『ジェイソン』は、ソーダ水のように爽やかにはじけるシンセポップにまとめた佐藤優介氏の手腕が光る。
 トリビュート盤の旨味はなんといっても各人のアイデアが光る楽曲アレンジにあるが、中でも原曲のスペーシーさをそのままにエレポップからシャリッとしたアコギ主体の楽曲に様変わりしたKonore(原曲でも歌唱している)とkonkenの『LEXICON』、加藤千晶とガッタントンリズムらしさ満点のジャジーな楽しさに満ちた『サマーデイズ』、モダンなドリームポップに仕上げた鈴木さえ子+tomisiroの『月の足跡が~』などは興味深く拝聴した。滑らかの湿度を感じる曽我部恵一氏の『未来の恋人たち』は今の季節にもピッタリだろう。

 そして今作の目玉の一つ、カーネーションの元メンバーが集結した『魚籃坂横断』は、「もしあの時、脱退することなく五人のメンバーで録音していたら」というifの世界を垣間見るような楽しさと、決してそうはならなかった切なさが、楽曲の中でグルグルと渦を巻いている。元メンバーの棚谷氏の鍵盤がどこか優しく響くその音に涙したファンも少なからずいるだろう。私もそうだ。

 そんな中、個人的に一番好きだったのは、ほぼピアノの弾き語りというシンプルさでメロディの美しさを裏付けた、鈴木祥子氏の『レオナルド』。そのマイク録りのオフなピアノの響きに、私は子供の頃の空気を思い出してしまった。夏休み。午後のまどろみの中、遠く、窓からそっと入り込んでくる、近所のお姉さんが弾くピアノの音……思わず郷愁で胸がいっぱいになった。いま、矢部さんの病室の窓からはどんな音が聴こえるのだろうか。

 アルバムは限定発売らしいが、2020年8月11日現在、再プレス分を販売しているらしいので未聴の人はぜひ。スカートや堂島君なんかも参加してます(最高!)。

 あっ、ところで矢部さん。退院したら快気祝いでこのアルバムにちなんだゲストを集めたライブをやりませんか。きっとファン総出で行きますよ。

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