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ねるねるショート #002 テーマ「料理」でショートストーリーをつくろう!

今回のテーマは?

「料理」です。食べるもよし、つくるもよしなテーマですね。

今回の一文は?

「料理」をテーマに、パーソナリティーの「ささもも」「ねす」が一文ずつ持ち寄りました。

ささももの一文
それから、忘れてはいけないのはスパイスだ

ねすの一文
何かがひとつまみ、足りないのかもしれない

この一文が入ったショートショート(1000文字程度)を「ねるねる」します。ふたりがしたためた物語とは……? お楽しみください。

てんてこ舞い(ささもも)

 油をひとさじフライパンに引く。しゅわしゅわと小気味の良い音を奏で始めたら、鶏肉を丁寧に置いてゆく。じゃ、と音を立てて鶏肉が踊り始めている間に、お鍋にお湯を沸かしておく。ぽこぽことお湯が沸く間にも、玉ねぎや油揚げをちゃきちゃきと薄切りにする。
 夕方どきは戦いの時間だ。テレビ番組に気を取られている三歳児を横目で見ながら、手際よく晩御飯の準備を整えてゆく。そうしているうちに、匂いに釣られて息子がこちらに駆け寄って来た。
「ままー、きょうのごはんなあに?」
「んー、お肉とお味噌汁にするからね。もうちょっと待っててね」
 相手をしてあげたいところだけれど、鶏肉がこげついてしまうしいつまで経っても玉ねぎを茹でられない。
「あ、ほらおかあさんといっしょ、始まるよ〜」
 都合よく切り替わったテレビ番組に助けられつつ、ちゃきちゃきと準備を進めてゆく。お鍋に玉ねぎを放り込んで、鶏肉を返してフライパンに蓋をする。ばちばちと軽快な音を立てて鶏肉がダンスを続ける。わたしはといえばずっとてんてこ舞い。
 今日も忙しい一日だった。朝には息子を連れて病院に行き、それが済むと母の元に息子を送り届ける。それからパートで倉庫でひたすら商品をピックアップして、終わると買い物をささっと済ませて母の元へ飛ぶように戻る。そんなわけで、夕食は二、三品を作るだけで精一杯。
 毎日毎日がこんなかんじで、夫は仕事が忙しくてたまにしか帰って来ないし――あ、やばい、鍋が吹きこぼれそうになっていた。慌てて火を緩めるとお味噌を溶いて味見をする。何かがひとつまみ、足りないのかもしれない。出汁を入れるのを忘れていた。急いで放り込んで、味を整える。
 その間にも鶏肉はじゅうじゅう焼けていて、はっと気づいてフライパンの蓋を取る。今日は焦げずに出来そう。ほっと息を吐きながら、お皿を並べてレタスをぱぱっと置いてゆく。鶏肉の香りが広がって、息子が再びこちらにやって来た。
「ままー、まだー?」
「ごめんごめん、もうできるよ。えっと、スプーンじょうずに並べられるかなあ?」
 鶏肉を皿に乗せ、フライパンでソースを作ってかける。これで息子の方は完成。お味噌汁を入れて、お茶碗にご飯を盛って――はあ、今日もなんとか終わらせた。
「いただきまあす」
「はあい、どうぞ」
 息子が食べ始めている間に、自分のお皿に鶏肉を盛る。ソースが幸せを振りまいている。それから、忘れてはいけないのはスパイスだ。
 黒胡椒を鶏肉にふりかけると、ぴりっとした香りが漂う。その香りに包まれて、わたしは勢いよく鶏肉を口に運んだ。

部室にて(ねす)

「次に留意すべきは、素材の味を活かす、という点である。これは、一様な味付けによる上塗りは避けるべきという意味の他に、下拵えの重要さを説くものでもある。一口に『素材の味』といえども、その全てを出すことは得策ではなく、えぐみや臭みといったものはなるべく取り除いた上で、食材の持つ風味や味わいを引き出すことが必要になる。つまり、なるべく悪い部分よりも良い部分が表に出ることを目的に、事前に十分な時間と手間をかけなければならない」
 朗々とした読み上げが止まり、しばしの沈黙が訪れる。声の主――美咲先輩――は、僕の原稿を片手にしたまま複雑な面持で、何かを考えているようだった。

「……うーん」
 僕としては、提出期限に間に合った時点で及第点なわけで、正直言って、早く帰りたい。椅子に座らず突っ立っているのもそのためだ。しかし一方で、先輩の綺麗な顔を注視していて良い時間というのは、まあ、決して悪くはない。
「や、ロジカルなのは良いし、今回のテーマ『恋と○○』に料理を選ぶところに、キミのセンスを感じるんだけどさ」
 講評が始まった。僕が提出した、コラムのようなポエムのようなテキストは、文化祭の展示物として文芸部部長たる美咲先輩のOKをもらう必要があるのだが、どうやら、提出して早々に引き上げるどころか、やり直しになる可能性すら見えてきた。
「なーんか、楽しそうじゃないんだよねぇ。恋だよ? 恋愛よ?」
 思ったより漠然とした指摘に、そう言われましても、の顔で返す。
「やろうとしてることは良いんだよ、すごく良い。料理に見立てた解説っていう体裁で、手続きやタイミング、下拵え、って観点で語るってのは良いんだけどさ。前提として、こう、心弾むというかさ、トキメキというかさ」
「すみません、そのあたりは習わなかったんで」
 小さく反抗してみせるが、効果はないようだった。
「や、キミ自身の経験なのか、そうじゃないのかっていうのは、問題じゃなくて。異世界に行ったことのある人なんかいないんだし、想像でも憶測でも、過剰な期待でも荒唐無稽でも、全然構わないんだよ、そこに夢や希望があったらね」
「あー、夢とか希望も、ちょっとやってないですねぇ」
 減らず口に、ふぅん、と長めの相槌が返ってきた。表情は大して変わっていないが、怒らせてしまったのだろうか。そう、僕には恋愛の経験なんてないし、希望も持ってない。だから今、先輩の胸中も分からないし、この状況で、たとえ好かれないとしても、嫌われない程度に振る舞う方法すら、持ち合わせていない。下拵えなんて、いつだって足りていないんだ。

何かがひとつまみ、足りないのかもしれないねぇ」
 ルーズリーフを眺めながら、美咲先輩はおもむろに立ち上がった。再提出は免れなさそうだが、それならせめて、具体的にどうすれば良いか指定して欲しい、などと考えていると、先輩がゆっくり、こちらに歩み寄ってくる。
「先輩?」
 目を上げた先輩と、視線が重なる。やっぱり綺麗だな、と思う。
「じゃあ、こうしてみよう」
 穏やかでいて、少し含みのある笑顔と共に、一歩一歩、近づいてくる。狭い部室の中、思わず後ずさるが、先輩は止まらない。数歩下がったところで背中が壁につき、逃げられなくなった。
それから、忘れてはいけないのはスパイスだ
 ゆるやかに、情感たっぷりに、語る。続きにすべき文だろうか。二人の距離は既に、親しい関係でしか許されないそれを超えていて、目の前わずか十数センチ、すぐそこに先輩の顔がある。美しい顔。これは何だ、どういうことなんだ。
「それは、味蕾を裏切るアクセント。鼻腔に届く非日常。あるいは」
 鼓動が早くなる。顔が熱くなる。互いが吐いた二酸化炭素を交換するくらいの、至近距離。先輩の顔がふと左に逸れ、なおも近づき、体がほとんど密着するくらいになる。ふわりと、甘い匂い。
「普段は思ってもみないような」
 ひときわ小さくなった声、しかしはっきりとした音。吐息が耳にかかり、
「ハプニング」
 僕は混乱と焦燥感とで固まったまま、何を考えることもできず、ただ逸る心臓の音を聞いていた。

「はい!」
 壁を使って勢いよく離れていった先輩から、終了の合図が放たれた。
「続きは、キミ自身で見つけてね」
 動悸も紅潮も残ったまま、解放されたのだというなんとなくの実感が、じわじわとやってきた。なおも混乱のただ中にいる僕に対して、先輩は軽い様子で、ケロッとした声で、施錠よろしく、とだけ残して、ドアからするりと出ていった。
 ひとり残された部室で、呼吸を整えながら、奇妙な体験を反芻する。何が正解であるか、美咲先輩がどういう意図であったのかは分からないが、僕は自分の中にある新しい何かに対して、少し時間をかけて向き合ってみようと思った。

【今回のラジオ】

ふたりのしたためた物語は、ラジオ・物語ジャンキーにて感想戦朗読バージョンでお楽しみ頂けます。ぜひ、こちらもお楽しみください。
次回の「ねるねるショート」もお楽しみに!

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