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ねるねるショート #001 テーマ「桜」でショートストーリーをつくろう!

今回のテーマは?

「桜」です。新生活のスタート、春にふさわしいテーマですね。

今回の一文は?

「桜」をテーマに、パーソナリティーの「ささもも」「ねす」が一文ずつ持ち寄りました。

ささももの一文
水面には桜の絨毯が広がっている

ねすの一文
花弁が一つまた一つ落ちていった

この一文が入ったショートショート(1000文字程度)を「ねるねる」します。ふたりがしたためた物語とは……? お楽しみください。

春一番と花霞(ささもも)

 春爛漫。今ほどその表現が的確な瞬間があっただろうか。
 入学式。憧れの制服に袖を通したわたし。期待に胸を膨らませ辿り着いた学校。そこで見た景色は、一面の桜で。思わず、胸いっぱいに春を吸い込んでいた。
「入学おめでとう」
 校門前で、改めて母にそんなことを言われて。ちょっとだけうるっと来てしまいそうになる。こぼれ落ちそうになった涙の代わりに、花弁がひとつまたひとつ落ちていった。その、向こうに。
「――あ、」
 桜吹雪がぶわりと舞った。春一番と花霞はながすみ。その、向こうに。誰か――いる。またたき、ひとつ。揺らぐ、花弁。もうひとつ。揺らぐ、人影。
「――せんぱい」
 あのひとはわたしの憧れで。頭もよくって、凛としていて。それでいて、笑うとふにゃって可愛くなる。だいすきなひと。そのひとが。
「入学おめでとう」
 わたしの瞳から水が溢れた。中学校の卒業式で。せんぱいはわたしに言ったんだ。「次は、貴女の番だね」って。だから、わたしは。
 机にかじりついて、教科書を読み込んだ。夜食をつまみながら、テキストに書き込みをした。眠りこけそうになりながら、模試を何度もなんども解いた。全部。ぜんぶ、
「――ありがとう、ございます」
 頭をさげる。わたしの瞳からしたたる水が水溜まりをつくって。水面には桜の絨毯が広がっている。その、水面を揺らして。せんぱいのローファー。
「今日から、おなじ学校だね」
 胸に挿してくれた花はきれいな黄色で。背筋がしゃんと伸びてゆく。
「よろしくお願いします」
 わたしはせんぱいの瞳をしっかりと見つめて。母と共に、入学式の会場へ向かって歩き出した。

桜の公園(ねす)

 これは夢だ。直感でしかないが、そう気付くことが稀にある。いわゆる明晰夢というやつだが、私の場合、残念ながらその中で好きな行動ができるというわけではなく、ただの意識のある夢でしかない。一つ変わった点を挙げるなら、私が見る明晰夢はほとんどの場合、同じ場所が選ばれる。今もそうだ。
 小学校低学年の頃に遊んだ、小さな公園。季節は決まって春。公園を囲うように植わっている桜はいつも満開で、気まぐれに吹くやさしい風によって、ちら、ちらと花が舞う。私は木陰にあるベンチに座り、中央部分にある砂場を眺めている。誰もいない公園。懐かしい風景。ここが夢の中であることと、それを自覚できること、そしてこの映像が幼少期の記憶を基にしているであろうこと以外、何も分からなかった。しかし、何故だか心地好かった。
 私は立ち上がり、砂場の向こうにある手洗い場を目指して歩き始めた。意識はあるものの記憶力も思考力も大して働かず、確固たる目的を持って動いているわけではないのだが、確か、否、たぶん、あのコンクリートの向こうにはあの子がいて、僕を待っている。そういう不確かなものに煽られて、ゆっくりと進んでいった。そしてそれは、正しかった。
「こんにちは」
 小学校低学年くらいの女の子が、驚いた様子もなく、話しかけてきた。くりくりとした目、おかっぱが伸びたくらいの黒い髪、浅黄色の洋服。間違いなく、予想していたあの子だ。どうも、などと腑抜けた返事をすると、嬉しそうに笑った。名前は思い出せない。ただ、当時、一緒に遊んでいた子であるという確信はあった。僕がどれくらい大きくなったのか、彼女からどう見えるのかは分からないが、何の疑問も違和感もないような、平然とした様子で話しかけてきた。
「今日は何して遊ぶ?」
 問われて僕は、どきりとした。人懐っこい笑顔で、両手にはお人形とバケツを持って、すぐにでも始められるような体勢で、返答を待っている。手洗い場には薄く広く水が溜まっていて、水面には桜の絨毯が広がっている。この心地好い世界で、懐かしいあの子と、心ゆくまで遊んでいたい。その感情と同時に、それは決してしてはいけない、という強い危機感を覚えた。理由は分からない。しかし、
「だめだよ」
 力なく答える。彼女は不思議そうな顔を見せる。ここに長くいてはいけない、そんな観念に支配されつつある。確か、そう、今まで見たこの夢のときも僕は、
「いっしょに遊ぼう?」
 一歩だけ後ずさり、呼吸を整える。向けられる無垢な笑顔に、大人の笑みを作って返す。思い出した。インフルエンザで寝込んだとき、階段から落ちて足を骨折したとき、それから、ストレス性胃炎で入院したとき。この夢を見るとき、決まって僕は、苦しんでいた。裏を返せば、今、僕は、否、私は、何か大きな苦しみに肉体を苛まれているはずなんだ。もう一歩、下がる。向かう先がどうであろうと、帰らなければならない。風が吹き、木々を揺らす。花弁が一つ、また一つ、落ちていった
「行っちゃうの?」
 力なく、悲しそうな声。表情はおぼろげで、寂しげな雰囲気だけを残して、背景も彼女も、世界が次第に明瞭さを欠いていった。風が強さを増し、花が吹雪いていく。
「また、今度ね」
 その場限りの言葉が口をつき、嘘みたいな顔で、大仰に手を振りながら、後ろへと進む。一歩ずつ小さくなっていく女の子、手洗い場、砂場、公園。色彩が入り乱れ、輪郭はないまぜになって、視界が具体性を失う。感覚も蕩けていって、唯一残った意識も溶けだして、私は、深い深い眠りの底へと落ちていった。

【今回のラジオ】

ふたりのしたためた物語は、ラジオ・物語ジャンキーにて感想戦朗読バージョンでお楽しみ頂けます。ぜひ、こちらもお楽しみください。
次回の「ねるねるショート」もお楽しみに!

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