散文「安西さん」
安西さん、という知人がいた。安西さんは安西ニシヤスというペンネームでラジオの放送作家の仕事をしていた。
安西さんは酒が飲めなかった。
だから安西さんは、妻と死別したときも、娘が行方不明になったときも、酒を飲むことができなかった。
「酒が飲めたら、どれだけいいだろうな」
と安西さんは定食屋でよく話した。そう話す安西さんは、烏龍茶を何杯も頼み、それをあおるように飲み干した。
安西さんは酒が飲めない代わりに、四つ葉のクローバーを見つけるのがうまかった。安西さんの娘は、安西さんが見つけてくれた四つ葉のクローバーをしおりにしていた。だから娘がいなくなったあとの、娘の部屋は、四つ葉のクローバーでいっぱいだった。
(フィクション)
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