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散文「夕方はやさしい」 2023-08-27

引っ越しをして、もうすぐ二ヶ月になる。あまりに狭い部屋から、ちょっと狭い部屋へ引っ越しをして、生活はちょっとだけ快適になった。ただ、前住んでいたところと違って、近くに繁華街がないので、作業をするのになかなか難儀する。特にコメダ珈琲がないのが困る。これまで、「引っ越しの条件はケンタッキーとコメダ珈琲が最寄り駅にあること」と冗談でよく言っていたけれど、あながち嘘ではなかったかもしれない。僕の夏の生産量は、お持ち帰りのお寿司についてるお醤油よりも少なかった。

改めて、家で仕事をするにはどうすればいいのかの試行錯誤が始まった。正直に言うと、家での仕事は想像以上に捗らない。やらなきゃやらなきゃという想いを心に抱きながらベッドに横たわり続けるのも楽ではない。でも、やらない。無理やり自転車に乗って、炎天下の中、せっこらせっこら星乃珈琲店に行けば、ある程度は捗るけれど、締切当日でなければその馬力すら出ない。ただ横たわって海外ドラマを観ているだけで、時間は過ぎ去る。

そんな中、なぜか一日の中で一瞬だけ、机に座って、「しゃあないなぁ」と思いつつも、仕事ができる時間を見つけた。それが夕方だった。具体的な時間としては、16時位から19時前くらいまで。たった三時間。たった三時間ではあるけれど、でも、この時間だけはなぜか机に座れる。

部屋の窓から見えるのは、空と電線と大きなドングリの木。一日カンカン照りをつくった太陽は少しだけへばって見えて、その太陽に照らされ続けたドングリの木も「もう勘弁よ」とくたっているけれど、そのおかげか、窓の中にうつるすべての力が抜けていて、なんとなく柔らかい感じがする。それがいい。

仕事は脚本業なので、大体脚本を書く。それか、プロットや企画書。ずっと書いているというよりは、ぼんやり外を見ていて、なにか思いついたら、それをきっかけにあくせく書いてみる感じ。セブンで買ったアイスコーヒーに氷を入れて、ちょっとコメダみたいな気分になりつつ、日が暮れるまで仕事をする。しあわせだと思う。

当然この姿を誰も見ていないし、誰からも連絡はこない。見ているとしたら目の前のドングリの木に住んでいるスズメくらいなものだと思う。でも、それが心地良い。羽をもいで書くわけではないけれど、仕事を見られたくない鶴の気持ちはよくわかる。

今も夕方だ。夕方はやさしい。部屋に差し込む西日は綺麗だ。本当にそう思う。ただそれだけです。

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