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書きたい文章考ー焦らさない

最近、どういう文章を書きたいか考えている。
今日出会った、発信について響いた言葉。
それから受信(読み手)側になった時に思うこと。

●発信ー焦らさない

私は占いをたのしむ人なんですが、今日知ったAZさんという占い師の方の発信のスタンスに共感しました。

いかに焦らないか、ということが肝だと思っていて。私自身も占い師として、いかに「ゆっくりやっていっていいんだよ」という流れで、どう発信していくのか、自分自身のスタイルとしても、色々考えているところなんです。
私がYouTubeなんかで頑張れば頑張るほど、視聴者の方に、「私もバリバリ発信して、髪の毛もピンクにしないとヤバい(笑)」なんて思われたなら、それって本末転倒なんです。別に、髪の毛をピンクにしなくてもいいですし、YouTubeなんかで発信しなくてもいいんですから……。(下の記事から引用)

私も、私の書く文章で「もっと頑張らなきゃ」、「足りない」と誰かをむやみに焦らせることはしたくないなと思った。

その後、久々に「こうするといいよ、上手くいくよ!」っていうアドバイス系のSNSの記事(ライフハックと言うんだろうか)をたくさん読んだ。
とても参考になるもの、気づきのあるものもあった。けれどあまりに一気に見過ぎだようで、ちょっと苦しくなってしまった。

そういう記事を否定したいわけじゃない。明るく人を鼓舞するような文章も素敵だと思うし、良薬口に苦しな言葉も、直接言ってもらえることはすくない。これからも私自身は読者として、そういう記事も読むと思う。
ただ、自分が書き手として発信したいのはそういう文章じゃないんだろうなと思った。自分が今、焦りたくないからかもしれない。

●受信ー心のタイミングと合わなければ「できないもんはできん」

それから、「そのアドバイス実践したらいいんだろうけど、今はどうにもする気にならない」ということもある。心に聞いてみると「今じゃない」というような。私にとってそのタイミングが来ない限り、「できないもんはできん」。怠け心や逃げになることもあるかもしれないけれど…それも捉え方次第。すくなくともそれを選択するのは自由だものな。
でももし「こうするといい」の内容を覚えていたら、ある時「あっ!」となるかもしれないし、すっかり忘れていても、またその言葉に出会った時がそのタイミングなんだろうなと、思っている。

あとは、そういうアドバイスのような記事には、「誰もが、常にそうすることがいいとは思えないな」というものが当然ある。当然と言ったけど、そんな風に一歩引いて見られるようになるまで、どれも常に正しくて、自分もそうするべきだと捉えがちだったように思う。

もっともらしく聞こえても、人はそれぞれの考えに基づいて、(ある意味)勝手なことを言うもの。私自身も今日発信したことについて、明日違うことを思っているかもしれない。自分もヒトも、その意味ではぜんぜん当てにならない。そのことも前提に、情報とは付き合っていきたいなと思った。

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