◇不確かな約束◇第2章

しめじさんによる「序章」はこちら。

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言った、言っちゃった・・・。

シュウに別れを告げた後の、帰り道。足元も体も頭も、なんだかふわふわとして落ち着かない。

本当にお別れしてしまった、シュウと。半ば信じられない気持ちで思う。

でも、何度も考えたんだから。伝えられて、良かった。私、明るく言えたよね?
シュウは・・・やっぱり納得してなさそうだったけれど。
これで本当に良かったのかは分からない。でも、きっと良かったんだ、そう思うしかない。

電車に揺られながら、シュウと過ごした3年間が頭を過ぎていく。

***

高校に入学して3か月も経つと、学校にも大分慣れてくる。
クラスの女子と話していても、どの子が気になるとか、誰と誰がくっつきそうなんて話も聞こえるようになった。

私はと言えば、そういう話はいまいちピンと来ない。

クラスの女子の多くは、アイドルみたいな見た目の林君や、俳優の××に見ている西島君、皆を笑わせるのが得意な杉崎君なんかに集中していたけれど、恋愛感情という意味ではあんまり興味が持てなかった。

いわゆる"イケメン"は苦手。キラキラし過ぎて気後れするし、どーぞキラキラした人同士で仲良くやって下さいと思ってしまう。笑いをとるのが上手な子も、友だちとしてはいいけど、それ以上となるとあんまり考えられないし・・・。

「じゃあユキは誰が良いのよー」
西島君のカッコ良さを訴えるクラスメイトのアイコに引いていたら、そう言われてしまった。
「え?別に・・・」
「なに恥ずかしがっちゃって~」
「恥ずかしがってない!」子ども扱いされてるみたいで悔しい。
「じゃあ誰かいるんでしょ?」
「え、まあ、強いて言えば・・・武本君かな」
”気になる男子”の話題ではまず名前の上がらない男の子の後ろ姿をちらっと見ながら答えた。
「え?武本?嘘じゃなくて?」
「ソレなんか失礼だから!」

いいもんね、分からない人は分からないでも。
授業の間の休憩時間、武本君は他の男子と談笑している。「シュウてめえ!」「はははっ」

あ、いい笑顔。ちょっと濃い色の肌、クシャっとした髪はくせっ毛だろうか。
女子に話しかけられても、普通に話はするけれど、デレデレとした表情にならないところが良かった。

とは言っても、そんなに思い入れがあった訳じゃない。アイコの言葉にムキになった感は否めない。

彼との接点と言ったら、選択授業の美術で一緒なことくらいでほとんど話したこともない。

それは変わらないまま、迎えた2学期。
その美術の授業で校内の好きな風景を描くという課題があって、私と武本君は同じ場所を選んでいた、偶然。(うん、偶然。)

屋外の腰を下ろせる休憩スペースとなっているその場所は、5つの大きな石に周りを囲まれていた。五大陸を表したというそのオブジェは、外国の有名な彫刻家がつくったものらしい。
今ではすっかり見慣れているけれど、初めて見た時はちょっと周りから浮いてるような印象を受けた。

その場所を選んだ生徒は何人かいた。同じ場所を選んだからといって武本君と仲良く並んで描く、なんてことにはならず、離れた場所にそれぞれ陣取り、課題の制作を進めていった。

でも自分でアイコに話したことが気になって、そわそわしてしまう。武本君に何か話しかけたくなって、授業の終わりに片付けて引き上げる時、「描くの進んだ?」なんて聞いてみたりした。
彼は「全然進んでない、マジやばい」とかなんとか言ってたっけ。

2学期の終わり頃、課題の提出期限を迎える。最後は家に持って帰ってなんとか仕上げた。
私の絵は、みんなすごーいうまーいなんて言ってくれた。そこそこ写実的に描くのは昔から得意だった。自分では面白味がない気もしていたけど。

そして武本君の絵を探す。最後の授業の段階でも空白が多かったから、心配していたのだけど。
「!」
キャンバスに映っていたのは、大地に現れた5つの石。
青や薄紫、黄やオレンジなどで描かれたそれは、今にも動き出しそう。
大人しく並べられている、普段見慣れた校内のオブジェとはかけ離れたものだった。静かな、それでいてなんて大きなエネルギーだろう。
すごい、と思わず声に出して言うと。
「あー筧君の、すごいよねー」という声が返ってきた。その"すごい"に苦笑が混じっていて。
そうじゃない、そんなんじゃなくて、と思うがうまく言葉にできなかった。ただ、私と彼との間で何かが繋がっているように感じたのだ。

それ以来、私は武本君のことを目で追わずにはいられなくなった。
仲良くなりたくて、でもきっかけが掴めなくて。
季節は冬になっていた。

「ユキは誰かにあげないの?」
ある日アイコに聞かれた。

「あげるって何?」
「もう〜。バレンタインに決まってるでしょ!」
アイコは呆れて言った。
「あーバレンタインね」もう2月か。
「それでも女子高生?」
「だってさ、なんでこの日に一斉にチョコあげなきゃなんないのか、よく考えると謎じゃない?」
また始まった、という顔をしたアイコは相手にしてくれない。
バレンタインね〜と呟いて、はっとする。頭に浮かんだ男子の顔。武本君だった。
え、武本君に?あげちゃう?私が?
「えーーー」
思いつきに自分で動揺してしまう。
アイコは変な顔をしてこちらを見ていた。

バレンタインの前日。
駅ビルの特設コーナーをウロウロしていた。
あげなくても自分で食べればいいし。お母さんや妹のサチが食べるだろうし。
そう自分に言い聞かせて、自分でも一番食べたいと思える6コ入りアソートのチョコを買った。
「リボンのお色はどちらになさいますか?」
販売員のお姉さんが3色の水玉柄のリボンを見せてくれる。赤、白、シルバー。
「えーと、うーんと・・・白でお願いします」
大袈裟なくらい迷ってから、私は一番可愛く見えた白色を選び、箱に掛けてもらった。

翌日の朝。いつもより早めに家を出た。
通学カバンの中には、昨日のチョコの箱。
誰もいないことを願って教室に入ると…既に何人かのクラスメイトが来ていた。
誰もいないうちに武本君の机にチョコを入れてしまおうと思っていた私はがっかりして力が抜ける。
無駄に早く来てしまって、手持ち無沙汰になる。予習でもしようかとテキストを開くも、一向に頭に入ってこない。その時。

「あ、佐々木先輩!」
かたまって話していた女子たちが廊下の人影に寄っていった。その子たちの部活の先輩のようだ。
ハッとして周りを見回す。
他の生徒は前の方の席で机に向かっている。
武本君の席は後ろから2番目。今なら・・・。

私は慌ててカバンからチョコの箱を出すと、適当な教科書の裏に隠して、何気ない風を装って教室の後ろの方に歩き出す。黒板の文字を見るふりをしながらサッと周りに見回し、誰もいないことを確認すると、隠し持っていたチョコを机の中に放り込んで、慌てて自分の席に戻った。

どきどきして、その日は授業も友達との会話も頭に入らなかった。

武本君が教室に入ってきた時は、もうパニック寸前だった。あんなことしなきゃ良かったかなあと後悔するやら、喜んでくれるかなと期待する気持ちが湧いてくるやら。
私の席は前の方だったから、いつ気づいてどんな反応だったかは分からない。とても見届ける勇気はないから、分からなくて良かったと思う。

それから数日、私は彼をむやみに避けていた。とてもじゃないけど顔を見られなかったのだ。
やっとその週の金曜日。休憩時間、同じ教室にいるのが耐えられなくて、廊下に出て窓の外を眺めていると。
武本君が教室から出てくるのが視界の隅で見えた。
私は気づかないフリをして、でも体は固まっていた。
彼はこちらに目を止めて、歩いてくる。

「松井さん」
呼ばれて観念した私は振り向く。顔をまともに見られない。

「あの、火曜だけど。俺の机に、チョコくれた?」
カードに名前を書いていたから、誤魔化しようもなかった。
コクリとうなづくのが精一杯の私。

「ありがとう」
彼は言ってくれた。
「うん」私はやっと声を出せた。
「松井さんがそんな風に言ってくれるなんて驚いたよ」少し笑いながら言う。
「そ、そうだよね…」
「でも嬉しかった」
思わず目を見開いて彼の顔を見ながら、ほんと?心の中で聞く。
「えーと、こういうの慣れてないんだけど…なんて言えばいいのかな」はにかみながら武本君が言う。わーードキドキしてどうにかなっちゃいそう。
「その…良ければ、付き合ってみますか?」
頭が真っ白になった。

***

第3章につづく。

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