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映画 オレの記念日

オレの記念日
金聖雄監督 桜井昌司、袴田巌ほか
2022.日.104min

20歳で冤罪により殺人犯にされ、29年の獄中生活を送った桜井昌司さんを主人公にした、ドキュメンタリー映画。1967年10月に別件逮捕。物証がないまま起訴。1978年無期懲役確定。2009年再審開始決定。2011年5月無罪確定。桜井さんは、最初の逮捕の日を、「オレの記念日」と呼ぶ。自分が、今の自分を作り上げることになるきっかけの日だと。
獄中で桜井さんは、不良だった人生を省み、詩を書き始める。自分を縛る「嘘」嘘の自白に真っ向から向き合い、「もう二度と、嘘の言葉で自分を汚さない」と決める。誰よりも真面目に働き、誰よりも真摯な言葉を話し、誰よりも楽しく生きることで、長きにわたる、過酷な獄中生活を耐えてきた。「次々と降りかかる困難を、言葉の力で超えていく、感動のドキュメンタリー」とフライアーに書かれていたが、「言葉の力」の強さを、これほど強烈に感じさせられた映画は初めてだった。 彼の詩は、内面の吐露というより、アファメーションに近い。
「冤罪で捕まってよかった」「どんなに辛いことや苦しいことがあったとしても、それを喜びに変えられるのが人生だ」それを語る時、こぼれ落ちるものがあったろう。でも自らの語る言葉で、桜井さんは自分を救ってきたに違いない。

映画の冒頭、千葉刑務所を訪れる桜井さんの眼差しは、柔らかく、意地の悪い刑務官の話をする時も、どこか楽しそうで、物語のはじまりから意表をつかれる。その柔らかい眼差しとは裏腹に、冤罪事件、司法の不完全性についての問題意識は強烈で、桜井さんは今も激しい情熱と怒りを持って、冤罪被害者の会を結成。のちに続く数々の冤罪事件の支援に今も携わっている。

裁判は残酷だ。自分や自分の大切なものが、容赦なく踏み躙られ、この世のものとも思われない姿に改変されていくのを見続けなくてはならない。一つの上告が数年に渡って審議され、桜井さんの場合さらにそれが数回に及んで棄却される。生身の体の尊厳が、そのたびにぐさぐさに傷つく。普通は耐えられない。一度でもおかしくなる。

恐ろしいことに、裁判に勝って、例え無罪を勝ち取っても、失ったものは返ってはこないのだ。それでも、戦うしかない時がある。生き続けるために。


映画に出てきた詩の中で
無罪判決を知ることなく
途中でお父さんが亡くなったことを知り、
お父さんに馬鹿やろうとと罵っている詩が
私はすごく好きだ。
待っていてくれるはずじゃなかったのか。親不孝してごめん。ありがとうとこんちくしょう。たくさんの思いが、ぎゅっと凝縮されて、この一言に詰まっている。

どんな時も、この時の桜井さんのように
真っ直ぐな人でありたいと思う。

厳しい現実を生きていくために「自己表現」ができるかどうかが大事だ、と教えてくれた人がいた。詩があり言葉があり、歌があったから、そこに共感するたくさんの人がいたから、桜井さんは今、生きている。幸せな人生の中で、今度はガンの余命宣告を受けつつ、元気で飛び回っている。

不運や不幸がなければ幸せなのか。
認めたくはないが
きっとそうではない。

私たちはあまりに愚かで
失うまで自分の持っているものに気づかない。
いつも何かを後追いして
そこから幸福を作り上げる。

生きることはほろ苦く、柔らかく
現れては消える夢のよう。
この映画を見て
そんな人生も悪くはないような気がした。

道を見失っている
すべての人に。

ポレポレ東中野 2022.10.8.ロードショー
全国随時上映

*奇しくも冤罪事件の舞台となった茨城県利根町布川は、かつてわたしが住んでいた場所だった。利根川の流れも、町の風景にも見覚えがあった。裁判の痛みとともに、たくさんのシンクロニシティを感じた映画だった。

試写会場向かって左側が桜井さん。右が金監督です。


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