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マレーシアペナン ラーニングジャーニー#1
マレーシアのペナン島へ旅立ったのは
3月27日の朝だった。
とにかく海外に行きたかった。
デジタルファシリテーターの田原真人さん主催のツアーで、現地集合、現地解散のツアーがあると聞いて、飛びついた。
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私たちはこれから組まれていくであろう、
田原さんのここでのラーニングジャーニーの
テストケースとして、あっちゃん&小学生のTくん親子と、翌28日に合流することになっていた。
ドキドキしながら現地に入り、タクシーでエクスペディアで取っていたホテルに泊まる。
円でいうと4千円くらいの安いホテルで、部屋に入ると日本のラブホテルのようにバスルームがガラス張りになっていた。
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乗っていたスクートエアの機内食が有料で、まごまごしているうち一食食べそびれ、夕食は空港のダンキンドーナツだった。空腹で目が覚めた。翌朝は近くの食堂で朝食。7時には営業している。マレー語らしいメニューが読めない。
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麺をくれと言ったら、ナシゴレンの麺版が出てきた。めっちゃ辛い。インスタントっぽい焼きそばだ。コピと書いてあるコーヒーを頼んだら、ミルキーのように甘かった。マレーシアは味が濃い。そしてどこにでもミロがある。
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ホテルまで迎えにきてくれた田原さん、あっちゃん親子と合流。
まずは旅のチェックイン。
「何が私たちをここに連れてきたか」
というお題が田原さんから出され、
それぞれに答えていく。
その時自分がどう答えたか覚えていないが、多分私は「未知」を体験しに来たのだ。
一ヶ所に長く暮らしたことがなく、いつでも知らない場所に行きたかった。たまたまペナンに行けるチャンスがあって、嬉しくなって飛びついた。タイミングとしか言いようがない。
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未知を身体的に体験するには、本気でその場所を知らない必要がある。
その場でインフォメーションを得て、旅をするのが好き。今はインターネットがあるので、どこでも調べ物ができるから、昔ほど困らない。
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街を歩きながら、その街を作ってきた人々の中に流れていた時間や、意識、感覚や歴史の堆積を想像する。ヨーロッパの広場を中心に放射線上に広がる街並みや、アメリカ式の郊外に広がる住宅地、工場地帯、スラム街の整理された雑然さ。ガンジス川の片側だけに広がる生活感とか。
そこで暮らす人の話す言葉の間と、街の作りが、同じリズムを持っているように感じる。
そんな人の営みを感じるのが好きた。
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しかしペナンは、そうやってゆっくり街と馴染むやり方が、世界一合わない国だった。
小さな島の中にいろんな民族、いろんな宗教がある。モスクの隣に、キリスト教の教会。ヒンズー寺院に、タイ式仏教寺院。中国のちあさん一族のお寺や、もう数限りなくいろんな宗教的建物が、肩を並べている。
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世界遺産のジョージタウンに流れているのは、植民地化された大航海時代の時なのに、クイーンズベイには高層ビル群とアメリカの最新式のショッピングモールが並んでいる。
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国民もそうだ。中華系でいうと、15世紀にペナンに入ってきて、混血が進んだ裕福なプラナカンもいれば、華僑もいる。その上最近中国本土から移民してきた屋台の人たちもいる。
道端に安くて美味しい屋台がたくさん張り出している傍で、おしゃれでアートなカフェが点在する。その価格差は、平気で十倍くらい。
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その時一緒にいる人やいる場所によって、
いろんな時代、いろんな文化を行き来するボーダーレスな感じが、心地悪い。統一感がなさすぎて。世界中にチャイナタウンはあるけど、それはあくまでもアメリカの、日本の、チャイナタウンに過ぎない。ここではチャイナタウンはチャイナタウンのまま、インド人街はインド人街のまま、マレーシアをはみ出していく勢いを感じる。
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ここにきて私は、ダイバーシティというのは居心地が悪いものらしいということを、身体感覚として、感じることになった。マレーシアはコロナ禍が始まった直後に、軍隊を動員して厳しいロックダウンに入ったが、確かにこれを押さえつけるには、かなりな国家権力が必要なように思われた。
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チェックインを終えた私たち一行は美しいシェアハウス形式のホテルにまず荷物を置いて、現地のプラナカン文化を継承する、タリナ先生のクッキングクラスへ向かった。
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プラナカン文化とは、東インド会社華やかなる大航海時代、この地に渡ってきた多くは中国の男性とマレーの女性が結婚し、経済的成功と共に花開いた独特の文化のことで、その子孫の男性をババ、女性をニョニャといい、特に建築や、ニョニャ陶器、ニョニャ料理が有名だ。
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タリナ先生のお家にも数々のニョニャの美術品が飾られている。
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ブレンダーで作ったカレーと、伝統的石臼でスパイスを潰したカレーを作った。
味の違いに驚く。ブレンダーだと、均一になってしまう個々の材料の味が、石臼だと個性を失わないまま、溶け合って調和するのだ。
曰く言い難い味の深みと、ハーモニー。ガーリック、ジンジャー、プラム、カルダモンがそれぞれにキャラ立ちしたまま、異文化が異文化のまま、おいしく混ざり合っている。
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それはその後、異文化が異文化のままにある、ペナンを考える上で、大きなメタファーになった。
その夜は泊まっていたホテルのそばで開かれていた、夜市へ、
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行列の店に並んで、ほぼ指差し確認で食べたいものを手に入れる。
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ココナッツウォーターと、インドネシア風のディナー。おいしかった!!!!!
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