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「働き方改革と過労死」③市民活動としての労働運動と世界の動き

「大勢のひとが、よってたかって俺には権利があると叫び続ければ、そこに権利が生まれるんですよ。根拠なんていらないんです」と、一緒に活動していた弁護士はこともなげに語った。

香港の例を見るとそれはそれほど簡単なものではない事はわかる。しかし、過去の歴史の中で確かに沢山の先人たちが、自分の戦いを戦っていた。いつか女性にも参政権が与えられ、黒人のオバマ氏はアメリカの大統領になった。戦いは終わらない。私たちはその中に生きているだけなのだ。

2000年、当時住んでいたロス郊外で、「KFCのCEOは給料をもらいすぎだ!」というプラカードを手に手に持ち、ぐるっと店舗を取り囲んだ20人くらいの労働者らしき人々を目撃した。

労働運動に関わるようになって初めて知ったが、アメリカでも1980年のグローバリゼーションの拡大によって、労働運動は消滅の危機に直面していた。格差は拡大し、1992年にはロサンゼルス暴動が勃発。原因となった貧困や失業、劣悪な低賃金の労働をどう改善し、人種の対立を乗り越え、コミュニティをどう再生させるかが問われるなか、1996年、メキシコ系ミゲル・コントレラスが選挙で白人候補を倒しロサンゼルス群労働組合連合の書記長に就任した。これが転換点となり、全米縫製労働組合、新しい経済を目指すロサンゼルス同盟、移民労働者を組織する労働者センター、UCLAレイバーセンター、宗派を超えた宗教団体、コミュニティの様々な課題に取り組むグループ、進歩的な政治家たちとつながり、労働運動の課題のみならず、地域コミュニティの経済的な攻勢を実現していく組織として、活発な運動を作り上げていった。


1997年ロサンゼルス市は全米でも先進的な生活賃金条例を成立。2007年連邦最低賃金についても法改正がなされ、2009年7.25ドルへ引き上げられた。

リーマンショック後この運動は膠着していたが、2011年ウオール街占拠運動が行われ、世論の広範な支持を得る。この流れで2012年コミュニティの指示を受けながら、ウォールマート各店舗の、そしてニューヨークのファーストフードの労働者が時給15ドルと、労働組合を求めてストライキに突入した。(Fight For $15)ここを発火点に、全米規模のストライキ行動が繰り返される。2014年には日本を含む36か国、93都市で国際連帯行動が行われた。
当初ファーストフード労働者から始まった、「Fight For $15」 は、莫大な報酬を受け取る経営者たちの存在と、そこに雇用されて働く貧困線以下の労働者たちの存在を明らかにし、そのビジネスモデルが労働者への公的扶助なしに成立しないことを明らかにした。
この運動は次第に在宅介護労働者、保育労働者、大学の契約教員などやコミュニティの支援者たち、そしてBlack Lives Matterが合流。社会運動として全米に広がった。

2014年にシアトルやサンフランシスコで最低賃金15ドルに向けて引き揚げていく事が決定されたことがインパクトとなり、ロサンゼルスやニューヨーク、そして全米各都市各州へ最低賃金の引き上げが広がっていった。

重要なのはそれぞれの職場で、労働組合が組織されて、その労働運動の結果最低賃金が上がった、のではない。ということだ。
労働運動はコミュニティの課題解決のための「社会運動」としてさまざまな団体から支援され、様々な運動に合流し、メディアを巻き込みながら社会を変えていった。コミュニティが使用者を包囲し、孤立させられる戦略がとられたのだ。(社会制作学会誌「社会政策」第10巻3号高須康彦「米国の最低賃金の大幅引き上げはいかにして実現されたか」より)

日本でも2013年東京メトロ非正規ストライキ、2014年すき家のワンオペに反対するネットストライキ(Twitter上で#すき家ストライキの呼びかけを行う。支援者は地元のすき家にでかけワンオペが行われていないか確認しTwitter上にあげる呼びかけがあり、私も地元の店舗に見回りに行った記憶がある)。早稲田の非常勤講師雇止め紛争をはじめとした、非正規教員の無期転換をめぐる労働争議、2018年の、ブラック企業ユニオンによる東京駅自販機順法ストライキ(残業ゼロ、休憩一時間サービスを規定通りにとることによる売り切れ続出)など、新しいタイプのストライキが少しずつ増えてきている。(ストライキー2.0今野晴貴)それでも世界各国に比べストライキによる労働損失日数はアメリカ1549に対し、日本が3日と、恐ろしく少ない。日本は労働力が驚くほど安い国として、世界に認知され始めている、



2017年神津氏との対話を終えた私は、急速に活動に対するやる気を失っていった。2019年3月で活動団体代表を退任した。人が死んでいくのを止めることはできなかった。社会をより良いものにするには別の糸口が必要だ。どんなものかわからない。しかしそれは、組織ではなく、一人一人のさもない個人の中に生まれるものであるような気がした。生きるために。

連合の神津会長は三期務めた2021年に退任し、その後新しい会長には、連合初の女性会長にして、初の中小企業労組出身の芳野友子氏が就任した。
かつての連合会長はすべて大企業出身で、かつ組織のトップを経験した男性だった。会長人事が難航する中、神津氏自ら自ら芳野氏を口説いていたのだそうだ。(毎日新聞・東海林)連合副会長を務めていた芳野氏は、学歴も高卒であり、所属するJAM(ジャム・ものづくり産業労働連合会)でも副会長である。「上級国民の集まり」とネットで揶揄される連合の中で、女性登用のガラスの天井を破った人物として注目を集めている。

芳野氏が自民党に近く、共産党や立憲民主党、市民団体にアレルギーがある、など報道には輝かしい「女性」の会長を危ぶむ声もある。しかし、ジェンダーの問題を考えた時、連合の会長に女性が就任したことの意義は大きい。そして彼女が中小企業の代表だったということも、大きな意味を持っていると私には感じられた。


2019年末新型コロナ感染症の流行によって、在宅勤務が浸透、社会構造が激変した。人口減少による人手不足や、失業・不況と貧困等様々な社会問題が表面化、深刻化しつつある。

経済界によって数十年がかりで周到に規制緩和が行われた結果、雇用はますます不安定になっていくだろう。否応ない変化がいま、わたしたちの社会には押し寄せようとしている。

その中で労働問題は人の暮らしを支える基盤の課題として、格差を是正し、医療や教育をどう守りどうコミュニティを創り再生していくか、という問題とともに、新しい社会を構成するための重要なピースとなっていくに違いない。

イノベーションが起こり、コミュニティはメタバース化し、人間に対する認知が変わって、世界は劇的に変容する。そのなかで私たちは何を守りどこに向かっていけばいいのだろう。ただ一つ言えることはこの流れの中で、誰一人当事者でない人はいない。ということだ。それはおそらく大企業で働く労働者も例外ではない。これから来る社会を見たものは誰もいないのだ。中心と周辺が入れ替わり激しくせめぎあいながら、私たちの新たな世界は、創られていく。


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