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お酒の始まり

早生まれの私、来年で齢三十六。
お酒を飲むようになったのは、二十六、七歳くらいの時だったと思う。
きっかけは本当につまらぬ事。漫画だ。異世界の、居酒屋漫画。
絵が美麗で、酒と料理の描写が涎もの。舌鼓を打つキャラクター達の、なんと魅力的なこと!上手いこと描くなぁと感心しつつ、そんなにか?そんなにも酒とは美味なるものなのか?と、私も未開の異世界住人のように、お酒、特に日本酒というものに興味を示すようになったのだ。

とは言え、二十六歳で初めてお酒を飲んだ訳では無い。
二十歳になった時、遠方に住む両親が「お酒ばアホみたいに飲んだらイカンよ。自分の容量ば知っときんしゃい」と、よく言っていた。

そうか、人によって飲める容量が違うのか。
外で倒れないように、家で試しに飲んでみよう。そうしたら、私も親も安心するだろう。

私は、バイト帰りにラム酒を買った。忘れもしない、バカルディのホワイトだ。

ラム酒なら、お菓子を作った時に使ったことがある。ふふん、サトウキビからできてることも知ってるぞ。良い香りもするし、ほんのり甘くて飲みやすいに違いない。度数も高いし、これなら試しに持ってこいだね!

なんと合理的で賢い判断!
そして、普通に飲むより、一気飲みした方が酒がまわるとテレビで見たことがある。すなわち、その方が手っ取り早く己の容量とやらを測れると。真面目にそう思った。
私は、栓を開けるとコップにも注がず、悩みもせず、瓶に口をつけそのまま飲んだ。底を真上に向け、息も継がず胃に流し込む。
香りはキツいが味は分からない。食道が焼けると思った時には、瓶の中身は半分になっていた。

クソほど不味い!でもまだまだいけるじゃん!

そう思って再度瓶に口を近付けたが、香りだと思っていたものが悪臭に変わった。吐き気を催す、濃いアルコールの臭いだ。
そう思ってる内に、胃がどんどん熱くなる。喉は高速でヤスリがけをしたように熱く、ガサガサしてきた。
思い出しながら書くだけで、胸焼けがしそうだ。
ベッドに倒れるように仰向けになる。吐きもしないし、意識が無くなる訳ではないが、動けない。指一本動かすのですら億劫だ。
なるほど、これが酔うということか……。不味いし、めちゃくちゃしんどいし、楽しくは無いなぁ。でもラム酒半分一気飲みはいけるんだな。
と、ぼんやり考えた。

今思うと、一人暮らしでそばに誰もいないのに、なんと危険なことを!なんだその勿体ない飲み方は!せめてツマミを用意せい!と怒りたくなるような飲み方だ。
その上、当時は飲みに行くような親しい友達もおらず、この容量把握の儀は徒労に終わったという悲しい結末になった。
唯一、人数合わせに呼ばれた合コンで、テキーラショットの一気飲みという遊びがあったが、ラム酒で慣らしたお陰か、酔わず酔ったフリもできず、楽しい会話も広げられず……と、私だけ誰とも連絡先を交換しなかったという余談もある。

このラム酒の儀を行ってから、私は滅多なことではお酒を飲まなくなった。
飲む時と言えば、たまにバイト仲間と行く居酒屋で、甘いカクテルを一、二杯だけ。
お気に入りはファジーネーブル。これだけは家でリキュールを買って、時々飲んでいた。それだけだ。
七年越しにして、初めてお酒を飲んでみたい、と思ったのが全ての始まりだった。漫画とは、人生を変えるものなのだ……。
良いか悪いかは別として。

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