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言葉の責任


会話の重要性と、発言の理解に関しては別の話で、

自分は常に発言した側に責任があると思っている。

発言内容は相手に理解されているか?

ここの確認が取れないまま、ただ発言を繰り返すのは「自分が言葉を発したい」というエゴになる。

「相手が理解してない」
「相手がちゃんと聞いてくれてない」

これは単なる責任転嫁であり、理解出来るような言葉になってないか、そこまでの注目を集めてない。

これをわからないまま発言を繰り返すと
「またあの人訳わからないこと言ってる」
「誰も聞いてないのにおんなじ話ばっかりしてる」となり、聞いてる人はより聞く耳を持たなくなってしまう。

伝えたい事があるのなら、
伝える相手が理解出来るように言葉を崩すなり、イラストやジェスチャーなども加えて、
少しずつ進めていくしかない。

6歳児に100キロのストレートを投げるキャッチボールみたいなもんだ。

また、自分自身で内容がまとまってないまま発言されて、そこにリアクションや理解を求められても困る。車の運転中に当たり屋にあったようなもんだ。

そういうタイプの発言を聞くと、

注目されたくて発言してるのか、、、
すごいと思われたくて発言してるのか、、、

と、内容が入ってこない分余計な事を考えてしまう。

反面教師は至る所にいる。

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