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時間の中身のことを考える

毎日のように仕事に出かけているけれど、平日に休んで出かけた時など、その時間にほかのことをしていたりすると、あれ?1日ってこんなに長かったっけ?ということがあります。

例えば朝の時間は、通勤電車に乗らなくていいとか、お昼の休憩時間の、仕事とも自分とも切り離された不思議な時間がない、とか。

ほぼデスクワークという、いまの職場になってからは、行動パターンが本当に均質化してしまって、仕事の内容によって時間が伸びたり縮んだりする感覚なのです。

仕事のために時間が必要なのだとしたら、ほかの誰かの時間を生きている感覚なのかもしれませんね。

大学生や転職のために仕事を辞めた時など、時間の使い方は自由に近いものがありました。

面白いなと思ったのは、公務員試験のために仕事を辞めた途端、仕事がしたくなったこと。

お金以外の何かを渡す側として、誰からも必要とされなくなった(ように見えた)、そんなことに気がついてしまったのです。

勉強が落ち着くと、アルバイトの面接を受けまくりました。しかし、期限が決まっていることを告げると(半年くらいだった)、落ちまくりました(笑)

結局、通販のテレアポ、イベントの運営補助などのアルバイトが決まり、毎日のように仕事をしていました。中でも、テレアポは楽しくて、日々どれだけの契約件数を重ねるか、みたいなことを試していました。

こちらから売るのではなく、テレビを見て「欲しい!」と思った人がかけてくるので、あとはスムーズに必要な確認をするだけでした。

終盤、パソコンの辞書機能に必要な文書をあらかた記憶させて、応対時間を短くするようなことをしていたら「勤務態度と成績が優秀なので来月から時給を300円アップしてあげよう」と褒めていただきました。

我ながら、これは驚きました。300円って。

が、アルバイトの期間はその月で終了。次の日からは、公務員としての仕事が待っていました。前日までアルバイトするというのが、いかにも真面目ですが。

休みの日にも、平日とあまり変わらない時間に目覚めてしまうので、朝がとても長く感じられます。以前、朝型をオススメする話を書きましたが、それがいまの自分ひとりの時間なのかなぁと思います。

タイトルからずれてしまったけれど、時間って何だろうと、これからも考えながら時間を使うのだろうなぁと思います。

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