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本当の親友になるために。

親友が離婚する。
夕方、突然スマホが鳴った。マナーモードだった私のスマホが元気にテーブルの上で震えた。踊るスマホを手に取ると、目の前には膝立ちでお絵描きをしている次男の尻。尻が大好きな私は誘惑に勝てず、小刻みに振動するそれを次男の尻の割れ目に近づけた。振動だけが尻の割れ目に到達した瞬間、後ろを振り返った次男が言った。
「このーーー‼変態なのに可愛いなあ〜、このママは‼(カタコト風)」
ズキュン。
心が浮き立った私は物凄く元気に電話に出てしまった。
着信は私の親友Nからだった。

私「アニョハセヨ~‼可愛いまっ子イムニダ〜!」

N「…もしもし」鼻声だった。

最高潮だったテンションが一気に下がり焦った私は聞いた。
「どうしたん?」その一言が、彼女の感情を爆発させた。何でも知っているはずだったけれど、Nの泣き声は見知らぬ誰かの声にしか聞こえなかった。

泣き声が私の身体を硬直させた。
どうしていいか分からず、結局私は一緒に泣くことしかできなかった。

あまりにも泣く私に「まじでか、あんたが泣きすぎで意味不明」とNは笑い出した。

その声を聞いて、私は安心した。そして気が付いた。
Nはどんな悩みでも私が重い気持にならないように、いつだって気を遣って話していると。
だからいつもNなら大丈夫、そう思い込んでいた。大丈夫だよ、と言われて私がほっとしたかった?
大丈夫を引き出し、大丈夫以上を探ろうもしなかった。だって、大丈夫じゃなきゃ私が困る。
親友と呼びながら、自分に都合いい部分だけしか受け入れたくなかったのかもしれない。

でも、その日も私はひたすら聞くだけだった。大丈夫と言ってくれるまで。

真剣に話を聞く私の態度に申し訳なさを感じたのかNは「話は変わるんだけど、息子のことね・・・」と話を変えた。

N「急におねしょをするようになったの。」

急におねしょと言えば、やっぱり精神的なものを疑う。Nだってそう思っているから、離婚話で息子のおねしょの話をしているんだろう。だからなんとなく私はスルーした。

私「それよく聞くよね。でも、単純にトイレ行く夢見たからじゃない?」

N「え、それ?何日も続けて?笑。さすがにないだろ」

私「とりあえず、もう少し様子みてみたら?」

N「そう言えば昔、夢でおしっこしたら実際におねしょしてたってことあったよね。夢から覚めても出てる尿が止められないの。笑」

私「あるある。でも最近はさ、夢の中でトイレ行きたくて、トイレ探すんだけど永遠に見つからないパターンが多い」

N「トイレは見つかるんだけど、やたらトイレが汚くて用を足せないパターンもない?」

私「ドアがない時もある。しかも何故か人がいっぱい周りにいて、パンツ脱げず膀胱破裂しそうな時もない?笑」

N「トイレに座ってんのに、おしっこ出なくてめっちゃ焦る夢もない?」

私「何これ?笑。みんな尿意を感じてる時って同じような夢見るのか!?

そう言えば、私、夢でおしっこできるんだよ!でもちゃんとおしっこしたはずなのに、尿意が消えないパターンの夢」

N「夢でおしっこしてもリアルで出ないって凄いよね。大人なんだね。うちら。」

私「もうおねしょ、絶対しないよね。
進化したんだね、これ凄いことだよね。」

成長とともに成長した尿道に心を寄せる。

N「いろいろ…大丈夫な気がしてきた」

何の意味も持たないこのくだらない会話。私と親友が何十年と続けてきたこの手の会話は、まるで台本があるかのように、スムーズにうまいこと噛み合う。そしてきちんと私たちの求める結末にたどりつくから不思議だ。

Nの口調は随分明るくなっていた。

N「そう言えばさ、まっ子昔おしっこ飲んでたよね?」

私「え?なんのはなし?」

どれだけ記憶を手繰りよせてもそんな過激な思い出は浮かんでこない。

私「いや〜、さすがの私も飲んでないと思う」

N「やっぱりそうか。この前の同窓会でまっ子の話でた時さ、まっ子おしっこ飲んでたって皆にいっちゃった笑」

なぜ?
どうして?

N「でも後で考えて、さすがのまっ子もそれはないよな、何かの話とまちがえてるよなって思って、今聞いてみた。あ、でも誰も嘘でしょ!って驚きもしてなかったよ笑」

お前、笑っている場合じゃないぞ。

私「N、あんた、夫と同時に私も失ったねっ!」

そう言うと、Nはさらに大きな声でひゃあひゃあと笑い出した。
文句の一つでも言おうと思ったが、その笑い声が紛れもなく私の知っている親友の声だったから、私も一緒に笑った。

親友の大丈夫な声を聞き、いつも通り電話を切った。

私は思った。

どうやっておしっこを飲んだ人生を人の記憶から抹消したらよいのだろうか、と。

この際、大好きなNが嘘つきと呼ばれぬよう、嘘を現実にしてしまえばいいか?
そうだ、それが一番手っ取り早い。
そうしよう。
それでこそ本当の親友だ。






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