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捏造される言葉。

「私って、ほら、尻が軽いから。」

電話でそういったのは還暦を過ぎた母だ。還暦どころかもうすぐ古希だった。

尻が軽い。

娘としてそのセンテンスをどう取り扱うべきか数秒迷ってしまった。
話の流れとして母が言いたかった言葉は「お尻」ではなく「フットワーク」のはずだ。
でもわざわざ突っ込むことはしなかった。だって突っ込んだらあの人は喜んでしまうもの。
母の捏造された言葉を無視しながら、去年の夏を思い出した。

あれは母とともに母の実家に遊びに行った時のこと。

車で移動していた私達は休憩がてら、小腹が空いたので道の駅に立ち寄った。
するとルバーブという野菜のアイスクリームを発見。珍しいものが大好きな母を筆頭に、私達は珍アイスを求めて列に並んだ。

順番が来て母が注文する。

母「バルーブのアイスクリーム4つ。」

バルーブ。

そう、これが言葉の捏造。
ルとバを入れ替えたのだ。

店員さん「ルバーブのアイスクリーム4つね!」と間違いを正して注文を確認してくれた。
後ろに並んでいた若い女の子たちが笑っている。

笑われた当事者の母もクスクスと笑って言った。
「まっ子、バルーブだって、私。ククク。」
いや、笑ってる場合じゃないから。

そう、いつも母はそうなのだ。見たり聞いたりした言葉をそのまま発話すればいいだけなのに、付け足してみたり、マイナスしてみたり、スクランブルして脳内で捏造してアウトプットしてしまう。

アイスクリームを食べたあと、近くに美味しいシャインマスカットの直売所あると聞き、私達はそこへ向かった。
大粒でキラキラしたシャインマスカットを手土産に、私達は母の実家へと向かった。

母の実家に到着し、お仏壇に手を合わせていると、後ろで母が叔父にシャインマスカットを渡していた。
母の両親はすでに他界して、実家には母の兄夫婦が住んでいる。

母「兄貴、これ、サンシャインマスカット。」

サン。

サンシャインではなくシャイン。
なぜ付け足すのだろう。

私の娘がすかさず突っ込む「ミチコちゃん、シャインマスカット。サンいらない。」
母が笑う「サンシャインマスカットだって。私。ククク。」
突っ込まれた母は嬉しそうだった。

その後も母の言葉の捏造は止まらなかった。

叔父「昨日はどこのホテルに泊まったの?」
母「ビエントってとこ。」

私「イヤ、ビエントだよ。アを抜くんじゃなんよ!」

叔父「ご飯はどんなもんが出たんだ?」
母「ブッへだったのよ。色々あって美味しかったわ。」

ビュッフェ
しかも実際はバイキング。

突っ込むと母はまた嬉しそうに「ククク」と笑っていた。

しばらくすると、近所に住む従兄弟が遊びに来た。
シャインマスカットを食べながら、何故か会話は自分達の加齢臭の話に進展した。

私「最近頭皮のニオイが夫と同じになってきたんだよねー。」
従兄弟「ついにまっ子の頭皮も熟したか。」

と、そんな話をしていたんだと思う。
すると母が割って入ってきた。

母「そうだよねー、まっ子も40だし、そろそろ死臭気になってくるよね。」

まさかの死臭。
まだ生きているんですけれど。

それに、もはや単語自体が違う。

こんな母の特技は冒頭でも書いたように、尻ではなくフットワークが軽いこと。
そして何を血迷ったのか、最近劇団に所属してしまった。先日ついに初舞台に立ち、その話をするためにわざわざ電話をしてきた挙げ句の「尻が軽い」発言だったわけだけれど。

とにかく母が言いたかったのは、己の尻が軽いから、冥土の土産に舞台という場所に立てたということ。
そしてその「尻が軽い」発言のあとも舞台とはなんぞやから始まり、初舞台の感想を長時間にわたり熱弁してきた。
ようやく話は終わりに近づき、ホッとしたその瞬間、または母は捏造した。

母「舞台終わりに観客に挨拶したらね、なんと、夢のスタンディングマスターベーション!!感動しちゃった。」

下ネタ。

しかも中学生レベルのを。その上「夢のスタンディングマスターベーション」って。
夢だったの?
思わず吹き出した。
この単語は私も中学生の頃言ったことがある。もちろん故意に。わざとだよ。
スルッと口から出るような言葉じゃないと思うのだけれど。

私「ねえ、スタンディングオベーションだよね。スタンディングマスターべションって。」

母「うふふ。スタンディングマスターベーションだって。私。ククク。」といつもより何十倍もうれしそうに笑っていた。

そして人は言う。
まっ子とみっちゃん(友人達が母を呼ぶ名前)ってそっくりだよね、っと。
ただ、そう言われても悪い気がしないのは、私が母を大好きだからだろう。いくつになっても好奇心を忘れず、青春真っ只中なんてちょっと素敵だと思う。今年の誕生日にはパラグライダーに挑戦するそうだ。
こんなふうにずっと天真爛漫に生きられたら楽しそうだな。私もこうやって生きていきたい。

いや、いやだな。

私は母のようにはならない様に注意しよう。スタンディングマスターベーションなんて絶対に言わない古希をむかえよう。
そう誓った。





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