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「やりたいのに、できない」の原因がようやくわかった
やりたいと思っているはずなのに、なぜか手をつけられない…
気持ちだけが空回りして、焦ってしまう。
つい最近まで、こんな状態が続いていた。
目の前に転がっているどうでもいいことは、サクッとできる。なのに、一生懸命に取り組んでいるものになると、どういうわけか手が止まってしまうのだ。
この原因が、ようやくわかった。
完璧主義で、理想が高すぎる
これだったんだ…
高すぎる理想が生む悪循環
わたしが一生懸命に取り組んでいるものといえば、学生時代から続けている、楽器演奏。
上達したいので、練習はもちろん、勉強してたくさんの知識を身につける。
知識が増えるのに比例して「こうなりたい」という理想像も高くなっていた。
そして、理想像と、自分の現在地の大きな差を目の当たりにする…
その差を一気に埋めようとして「やることが多すぎる…」と、思考停止。手が止まってしまうのだ。
手が止まって、焦っているだけでは前に進めない。
高すぎる理想が、悪循環を生んでいた。
一点集中の良くないところ
わたしはもともと、一点集中するタイプ。
「他のことをやるぐらいなら、その分の時間をひとつに集中させる!」
演奏する楽器もひとつだけで、浮気はしない。そういうスタンスのおかげで、今の実力まで引き上げることができたと思っている。
でも、最近ちょっと考えが変わって、あらゆる体験での気づきを、還元していくのもアリだと思うように。
考えが変わり、演奏する楽器も増えたことで、「始めたばかりのもの」「何年もやっているもの」…と、異なる段階を同時に経験することになった。
始めたばかりのものに関しては、成長度合いが大きい。上達するのが嬉しくて、練習自体が楽しくなっちゃうやつだ。
逆に、何年もやっているものは、成長が踊り場に来たまま停滞している時間が増える。次の段階に行くためには、始めたてのものに比べて、相当なパワーがいる。
この「パワーがいる」というイメージが、大きな荷物になってのしかかり、思考停止を生んでいたのだ。
改めて初心者の状態を体験することで、理解できた。
一点集中しているだけでは、見えない部分だった。
ちょっとずつ、やろう
もちろん、あらゆることにチャレンジするのが良くない面もある。
それは、取り組む時間が分散するということだ。
一点集中の時のわたしも、分散して上達がおくれることを恐れていた。
どれだけ生き急いでいたんだろう…
ただ、今だから言えるのは、回り道をすることで、手に入れられるものもあるということ。
わたしの場合は、取り組む時間が分散して、一気にパワーを注ぎ込めなくなったことが、良い方向に作用した。
いろいろやる分、時間がかかることを受け入れたおかげで、ちょっとずつ進めるという発想に変わった。
大きな荷物を抱えていた時は、すきまの時間があっても「もっと時間が取れないとできないから、やらない」という選択しかできなかったけれど…
「ちょっとずつ、やろう」
この言葉で、結果的に、あらゆることが進むようになった。持っている荷物が、軽くなった気がした。
一気に理想系にジャンプすることなんてできないのだから、ちょっとずつ進めればいいんだ。
当たり前のことなんだけど、すぐに忘れるから、口癖にしたい。
「ちょっとずつ、やろう」
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