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かまやつと赤い冷蔵庫。

リサイクルショップの店先、シャープの真っ赤な冷蔵庫の前で足を止めた。
2011年製、9000円。
大きさは1人〜2人暮らしにちょうどよく、最近あまり見かけないツルリとした真っ赤なボディは、築60年の新居にぴったりではないかと思った。
その場で同居人に写真を送り、新居へのメンバー入りは出会って10分以内に決定した。

実際の引越しよりも少し早くその冷蔵庫は搬入されることになった。リサイクルショップで1ヶ月以上も預かってもらうわけにはいかない。出会うのが早すぎたのであった。
大家さんは人に貸すにあたって内装をかなりきれいにリフォームしてくれたらしい。しみだらけの襖は手毬の模様が描かれていて可愛かったが、真っ白できれいになっていたし、天井の素材をベコベコに変形させていた雨漏りの痕跡ももうなかった。
かわいらしかったお風呂場のタイルは上からコンクリートのようなもので塗り固められていて、学校のプールの足を洗う場所みたいな雰囲気だ。リフォーム業者イチオシのカビが生えない新素材らしい。物凄くカビが生える。
とにかくきれいにリフォームされて入居者を迎え入れる準備が整った、まだ何もない家に、真っ赤な冷蔵庫はやってきた。

リサイクルショップの人が直々に搬送・搬入をやってくれるそうだ。
数時間前にバルサンを焚いていたので家の外で待っていると、軽トラにむき出しの赤い冷蔵庫を縛り付けて彼はやってきた。
狭い路地で家の前まで車を入れるか否かしばらく迷い、非常に半端な場所に車を停めて降りてきた彼は、彼はあまりにも、ムッシュかまやつに似ていた。
(かまやつだ・・・)
私がぼーっとして挨拶もできないうちに、冷蔵庫の縄は解かれ玄関の前まで運ばれていた。
我に返って扉を開け、置き場所を案内する。今度は狭い玄関で冷蔵庫をどう入れるか苦労していた。
やっと冷蔵庫を抱えて家に入るなり、「あ、なんか、いい匂いする」とかまやつは言った。
私も今朝初めてこの家に来た時に、かまやつと同じようにいい匂いがすると思った。おそらく、新しい畳だ。
1階はフローリングだが、2階の6畳間2部屋分きれいに張り替えられた新しい畳の匂いが1階にも充満していた。
かまやつが同じ感覚を持っていたのが妙に嬉しい。

冷蔵庫の置き場所はキッチン横の微妙な幅だった。まだ他に我が家にやってくる家具家電がわからない。どうしようか、と少し悩んで俯くと、足元にバルサンの被害者がひっくり返っていた。
なぜかそれをかまやつに見られたくないと思い足でサッと蹴飛ばしてしまった。
私が謎の乙女心で死者を蹂躙している隙にかまやつはその微妙なスペースの中心に冷蔵庫を設置し、「とりあえず真ん中置いときました!」と快活な笑顔を見せた。
どうしよう、センスがなすぎる。
冷蔵庫の両サイドに誰の居場所にもなり得ないスペースが生まれてしまった。まあ、別に、他の家具との兼ね合いであとから動かせばいいだけなんだけど。すごいセンスないな。

冷蔵庫の設置をさっさと済ませると、かまやつは再び軽トラに乗り込み帰って行った。入る時に変な位置に停めたせいで帰るのも少し苦労していた。
しかし、かまやつだったな・・・。
あまりにも彼がかまやつだったので、私はしばらく色々な人にリサイクルショップのお兄さんがムッシュかまやつだった話をしていた。
本物のムッシュかまやつが亡くなってから2年ほど経った頃だった。

その後、件のリサイクルショップの近くを通りかかると大概かまやつは店の前にいた。そして大概大変な勢いで洗濯槽を洗っていた。
大学の先輩が以前の引越しの際に同じリサイクルショップで洗濯機を購入したらしい。店の前で店員が洗濯槽を一生懸命洗っていたので買う気になったと聞いていたが、今思うとそれは必ずやかまやつだったであろう。
私もまた何か大きなものを購入してまたかまやつを我が家に招き入れたいと思った。
思ったまま3年経ってしまった。まだかまやつはリサイクルショップで働いているだろうか。
こちらはすっかり畳の匂いが消えてしまった。

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