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ネルガル狩り

 メリディアニ平原ポイントC3へ向かう輸送ヘリの中で、僕は10歳になった。もちろん、火星年齢換算だ。地球年齢換算なら――どうでもいい。護送船生まれの人間にとって地球は遠すぎる。そこで何歳であろうと、水一滴ほどの意味もない。
《見ろよ、蟲使いセンセ》
 スピーカーからフランチェスカの声と同時に、<棺桶>内側のモニタには「斥候班LIVE」と表示された映像が出現する。そこではメリディアニ防衛線を襲撃していた蟲の軍団が、爆炎と共に宙を舞っていた。
《誕生日の祝砲だぜ》
 火星の砂に含まれる磁石の影響で、彼女の美しい笑い声はノイズだらけだった。念話を使わないのは、司令室にこの会話を聞かせたいからだろう。司令室はフランチェスカと僕が会話することを嫌う。そしてフランチェスカは、火星の支配権を主張する司令室を嫌っている。
 しかたがない。
 片や偉大なるヴェスタの巫女――神聖娼婦にして、火星霊とのリンクに成功したチャネラーのひとり。
 片や名もなき蟲使い――つまり、かつては環境整備用ナノマシンの制御システムだったが、今や狂って火星入植者を虐殺しまくり、『スローター』と呼ばれるようになったあのアレに愛されし厄介者。
 どちらがどちらに入れ込んでも、面倒になる組み合わせだ。だから作戦中、僕はこうしてチタン製の<棺桶>に閉じ込められている。「蟲との通信を断つため」という、もっとらしい理由を付けて。
《着いたぜ、蟲使いセンセ》
 フランチェスカの声がして、<棺桶>の両開きの蓋が開いていく。何かが焼け焦げるにおいと火星の砂が混ざるざらついた風が、むき出しの頬を強く打つ。
 ヘリの床には、フランチェスカがだらしなく座っていた。いつもの古代エジプト風のセクシーな衣装ではなく、僕と同じ黒い戦闘服に身を包み、長い黒髪をこの暴風に遊ばせて。
「今日の獲物はね、センセ」
 ロリポップを噛み砕きながら、フランチェスカが獰猛に笑う。
「アタシのクソったれな妹だよ」

【続く】

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