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Liar kiss*永遠の片想い*(最終話)
第十四話はこちら。
15.嘘と真実と永遠の片想い
「なーんだ。せっかく久しぶりに美紀にカッコイイところ見せようと、張り切るつもりだったのに」
「……本当にごめんね、今度こそは絶対に行くから!」
少し拗ね気味の蓮佑さんの機嫌を取るように頬に口づければ、ブスッと膨れていた蓮佑さんの頬から、空気が抜けて笑顔になる。
「まぁ、相手が皆実ちゃんならしょうがないよな」
「うん、本当にごめんね! 明日、楽しみにしてるから」
蓮佑さんに手を振って、店を後にした。
最近は仕事帰りには蓮佑さんの店に寄って、なるべく一緒に過ごせる時間を作ってた私たち。
今夜は店を早めに切り上げて、バスケをしに行くから見に来ないかと誘われたのはいいけれど、まだバスケをしているたっちゃんの姿を、見るだけの気持ちの整理はできていなかった。
皆実との待ち合わせの場所に到着すると、すぐに激しい雨が降り出して、店の中に入る。
濡れた肩先を、ハンカチで拭いていると、少し遅れて皆実も中に入ってきた。
「ごめんね、美紀。遅れちゃって。出掛けに、小野くんからメールきてて、返事してたら遅くなっちゃった」
「ううん、私もちょっと蓮佑さんのところに寄ってきて、ちょうど今着いたところだから」
「そっか、ならよかった」
お互い向かい合って座ると、店員さんが水とメニューを持ってきてくれる。
それをパラパラとめくっていると、同時にオムライスを指差した。
「美紀も?」
「皆実も?」
頷きあいながら、クスクスと笑い出す。
「食後は、フルーツパフェね」
「帰ったら、飲むのに?」
「もちろん。だって別腹でしょ?」
「……それもそうだね」
こうやって、皆実と過ごす時間は、ずっと変わらない。
いつも飲んでた食後の飲み物が、オレンジジュースからコーヒーに変わって、それがお酒になった今でも、そしてきっとこれからも。
オーダーを済ませると、激しく降り続く雨を、そこから見つめた。
「……明日は本当に晴れるのかな?」
まだ梅雨明け宣言は出ていないけれど、明日からしばらく晴れが続く天気予報。
そんなことは想像もできないほど、ここ数日の荒れた天気。
「晴れるよ、きっと」
小さく呟いた皆実に、私も同意して頷く。
明けない夜はない。
止まない雨はない。
癒えない傷もないから。
感じた痛みは、いつかきっと風化されるけれど、でもそれを、決して忘れたりしたらいけないんだ。
「……本当はね、私、すごく怖いんだ」
「皆実?」
「怖いんだよ、この恋を終わりにするのが……」
少し涙目の皆実を、見ているのが辛かった。
その恋に自らきちんと向き合って、結論を出そうとしている皆実の強さ。
私にも、傷ついてボロボロになる覚悟があったなら。
そんな強さがあったなら……。
「……私もちょっと怖い」
「美紀も?」
「うん」
たっちゃんと最後のお別れをしてから、会社で偶然に会うこともなかった。
亜弥さんとも、ゆっくり話す機会がないまま、やってくる明日。
いくら蓮佑さんが、隣にいてくれるとはいえ、私は迷いのない気持ちで、蓮佑さんだけを見ていられるんだろうか?
「……美紀、後悔してるなら、」
「ううん、後悔なんてひとつもしてないの。自分で通ってきた道、自分で決めてきた道だもん」
「そっか……」
「うん」
この恋が終わってしまったことを、誰かのせいにはしたくないんだ。
私が、私自身が、望んで選んだ恋の結末だから。
もう二度と、誰かのせいにして、逃げるようなことはしたくない。
◇◇◇◇◇
前の日の大雨が嘘のように、朝から差し込む太陽の光。
まだ眠たい目を擦りながら、ベッドから起き上がると、昨日の夜泊まっていった皆実も、一緒に起きてきた。
「……おはよう、美紀」
「おはよう」
昨日の夜は、帰ってきてからも深夜遅くまで続いたガールズトーク。
キャンプの約束がなければ、まだ眠っていたいところだ。
二人顔を見合わせながら、小さな欠伸をする。
「コーヒーでもいれようか?」
「うん、濃いめのをよろしくー」
皆実に言われて、私はキッチンへと立ち上がった。
コーヒーの香りに、まだ目覚めきっていない脳が覚醒されていく。
皆実は、ベッドに腰を下ろしたまま、スマホをいじっていた。
テーブルの上に、コーヒーの入ったカップを二つ置いて、皆実の反対側に腰をおろす。
二人の、それぞれの戦いの始まり朝だ。
蓮佑さんが私のマンションの前へとたどり着いたのとほぼ同時に、小野さんと古賀さんの車も到着する。
皆実と一緒にエントランスへ出ると、たっちゃんの部屋に泊まったのか、たっちゃんと亜弥さんは二人で一緒に出てきた。
荷物を車に積み込むと、私と蓮佑さんは古賀さんたちの車に、たっちゃんと亜弥さんは、皆実と一緒に小野さんの車に乗り込んだ。
蓮佑さんは古賀さんの助手席に、その後ろには、愛娘の真実子ちゃん、恭子さん。
私は運転席の後ろに座った。
楽しそうに、懐かしい童謡を真実子ちゃんに歌って聞かせる恭子さん。
その姿がなんだかとてもほほえましい。
小さな手で、精一杯の愛情を握りしめようとする真実子ちゃんが、かわいらしかった。
皆実を擁護するつもりも、古賀さんを非難するつもりも、私にはない。
それでも、この小さな身体で、精一杯愛されようとしている真実子ちゃんを見ていたら、これから出す皆実の結論は、絶対間違ってないと言い切れる。
「……かわいいですよね、真実子ちゃん」
「えぇ、とっても」
頬を緩ませた恭子さんは、すごく素敵な笑顔をしていた。
古賀さんも、皆実の部屋で会ったときとは、全然違う表情をしている。
そこに注ぎ込まれる愛情はきっと、誰にも侵す権利のない神聖なもの。
「素敵な名前ですよね、真実子ちゃんって」
呟くと、蓮佑さんが後ろを振り返った。
「それ、俺が名付け親なんだ」
「え? そうなんですか?」
恭子さんを見ると、幸せそうに頷く。
「蓮佑が名付け親かよ? って、悩んだんだけどな。でも、名前の由来聞いたら、“真実子”以外考えられなくて」
古賀さんも言葉こそは憎まれ口だったけれど、すごく幸せそうだった。
「……どんな由来なの?」
「ん……、シンプルなんだよ。“真実の子供”だから、真実子。二人にとっては、真実子が真実なんだ。わかるよな、古賀?」
その言葉の裏側の意味を感じて、胸が苦しくなる。
恭子さんも、蓮佑さんの言おうとした言葉の意味が通じたのか、小さな真実子ちゃんの手をしっかりと握りしめながら、その目にはうっすらと涙を浮かべていた。
◇◇◇◇◇
海沿いの小さなコテージ。
そこは恭子さんのご両親の持ち物らしく、手入れこそされているものの、男性陣が海の見える庭で夕食の準備に取り掛かっている間、女性陣は部屋の掃除を始めた。
コテージの中には、寝室が五つ。
それぞれの部屋には、シングルベッドが二つずつ置かれている。
「美紀さんは、蓮佑と一緒でいいわよね。亜弥さんも、達矢くんと一緒でいいのかしら」
「はい、」
亜弥さんが頷くと、恭子さんは視線を皆実に向けた。
何が原因で、皆実と古賀さんが付き合ってると恭子さんが思ったのかはわからない。
でも、古賀さんが浮気をしていたことは、恭子さんだって確信できているから、蓮佑さんに相談したんだろう。
「……皆実さんは、どうする?」
まだ皆実と古賀さんのことを疑っているのか、恭子さんが試すように皆実を見つめた。
「もちろん、小野くんと一緒でかまいません」
躊躇わずに答えた皆実。
その視線にも言葉にも、少しの迷いも感じられなかった。
隣にいた亜弥さんに、こっそり腕を引っ張られる。
「……小野くんってば、この間の遊園地で、皆実ちゃんのことすっかり気に入ったみたいで、車の中でずっと皆実ちゃんを口説いてたのよ」
「そう、なんだ」
「あんまりにもしつこかったから、強引に頷かされたのかと思ってたけど、そうでもなさそうね」
そのまっすぐな態度に、恭子さんも古賀さんと皆実の関係をそれ以上疑うことなく、まずは皆実と小野さんの荷物を部屋に運び入れた。
恭子さんが亜弥さんを、次の部屋に案内している間、皆実を外に引っ張り出す。
「……ちょっ、どういうことなの?」
「え? あぁ、もしかして、小野くんとのこと?」
「そうよ、いくら古賀さんのことを忘れるためだからって……」
まるで人ごとのような態度の皆実は、外で準備をしている男性陣に視線を移した。
「達矢くんを忘れるために、蓮佑さんと付き合う美紀に、私を責める権利はないでしょう?」
「……それは、」
皆実の言ってることは、もちろん正論だ。
だけど、皆実には私と同じ想いをしてほしくないから。
「やっぱり、来てよかったと思ったよ。ここに呼んでくれて、美紀には感謝してる……」
「…………」
「古賀さん、私の方は一度だって見てくれなかった。一度でいいから、真実子ちゃんに向けるような笑顔を、してほしかったんだけどね……」
「皆実」
「でもね、美紀。勘違いしないで? 私は、古賀さんを忘れるために、小野くんを利用するんじゃない。それは、小野くんにもはっきり言ったんだよ? 私が、小野くんのことを好きになるまで、待っててって……」
私たちに気づいたのか、小野さんが笑顔でこちらに大きく手を振ってくる。
皆実は、それに笑顔で応えていた。
「皆実、それでいいの?」
「……もちろん、こんな不毛な関係は、いつか終わりにしなきゃいけないってわかってて、それでもこの恋は始めたの。私たちの関係は、現実から目を背けるための、嘘の関係だった」
「……嘘、の?」
皆実を見つめた瞬間。
「真実子!」
古賀さんの声と、真実子ちゃんの小さな泣き声が聞こえてくる。
「あっ、危ない!」
小さな叫び声をあげた皆実は、反射的に真実子ちゃんの元へ駆け寄ると、ぐらついた岩場でバランスを失った真実子ちゃんを間一髪抱き上げた。
「皆実、大丈夫?」
「真実子、大丈夫か?」
皆実は、腕の中で驚いて泣きじゃくる真実子ちゃんの頭を優しく撫でると、走り寄ってきた古賀さんに手渡した。
「私なら、一人でも大丈夫。“真実”の愛はたった一つで十分でしょ」
皆実は心配して駆け寄ってきた小野さんの手さえ取らず、一人で立ち上がった。
◇◇◇◇◇
みんなが海辺でのバーベキューを楽しんでるとき、後ろからポンと肩を叩かれた。
おいで、と手招きされて、みんなの目を盗んで古賀さんの後についていく。
みんなから少し離れた先の浜辺で、古賀さんは持っていた缶ビールを一つ、手渡してくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
古賀さんは、自分の缶を開けると、そこに腰を下ろして、美味しそうに喉に流し込んでいく。
私も、その隣に腰を下ろすと、缶をあけて一口だけ口にした。
「……さっき、皆実にはちゃんと振られたよ」
「そう、なんですか……」
古賀さんの声は、少し淋しそうだったけれど、その表情はどこか清々しく感じられた。
「嘘、か……」
「……え?」
「嘘ほど、誰かを傷つけるものはないんだよな。誰かを守るために吐いたつもりでも、それは自分勝手なエゴだと思わないか?」
みんなのいる方を一瞥した古賀さん。
私もつられて見ると、こちらを見ている二つの視線に気づく。
蓮佑さんと、たっちゃんだった。
「……さて、美紀ちゃんにとって、どっちが真実で、どっちが嘘かな?」
「え?」
意味ありげな言葉を発した古賀さんの方を見ると、もう目の前まで、古賀さんの顔が近づいていた。
「ちょっ、古賀さん!」
慌てて押しのけようとすると、持っていた缶ビールが砂浜の上に零れだす。
砂浜に押し倒されて、すぐそこまで古賀さんが迫ってきた。
その瞬間、向こうから息を切らして駆け寄ってきたたっちゃんが、私から古賀さんのことを引き離すと、古賀さんのことを一発殴りつけた。
「……美紀に触れるな!」
たっちゃんに胸倉を掴まれた古賀さんは、苦笑いしながら私を見据える。
「美紀ちゃんの“真実”は達矢だったな」
私の、“真実”……?
みんなの方を見ると、蓮佑さんは、もうこちらを見てはいなかった。
みんなの輪の中から、亜弥さんが抜け出して近づいてくる。
たっちゃんの前に立った亜弥さんは、まずその頬に思いきり平手打ちをしてみせたた。
「何度も、聞いたじゃない?」
「……ごめん」
「もう、いいから……。達矢くんのことなんて、私から振ってあげる」
「本当に、ごめん」
必死に涙を堪える亜弥さんだったけれど、その視線は一瞬たりともたっちゃんから逸らそうとはしなかった。
「どうして、ちゃんと素直になれないのかな、二人は。私だって、ちゃんと心のある、生身の人間なの。嘘なんて吐かれたら、傷つくことだってあるんだから」
今度は私の目の前に立つと、その手を差し延べてくれる。
「ごめんね、美紀ちゃん。私、本当は気づいてたの。美紀ちゃんの忘れられない人が達矢くんだってこと。それなのに……ごめん」
亜弥さんの手を取ると、そのまま亜弥さんに抱きしめられた。
「……私こそ、ごめん。ずっと言えなくて」
「もう、本当だよ。早く言ってくれれば、こんなに回り道することもなかったのに……」
亜弥さんの表情は、“ひだまり”で会った日の唯のように、優しくて温かかった。
「ほら、みんな心配してるから、戻ろう?」
「……そうだな、先に行こうか、亜弥ちゃん」
先に歩き出した古賀さんと亜弥さんに、私とたっちゃんも顔を見合わせてから続いた。
みんなの待つ場所に戻ると、蓮佑さんが一番最初に近づいてきてくれる。
蓮佑さんの表情はいつだって、優しく私を包みこんで、甘やかしてくれた。
でも、蓮佑さんの気持ちに応えられない私には、その優しさに甘える権利なんて最初からなかったんだ。
皆実のように、強くも潔くもなれなくて。
唯のように、まっすぐに大切な人を愛する強さも持てなくて。
いつだって現実に立ち向かわずに、言い訳ばかりして逃げ出してた。
その結果、私は大切な人を何人も傷つけてきたんだ。
変わらずに、どんなときもまっすぐ想ってくれた、蓮佑さんのことまでも。
「絶対離すなよ? 今度美紀のことを泣かせるような真似したら、」
「絶対、泣かせません」
謝っても謝りきれないほど傷つけてしまったのに、蓮佑さんはホッとしたようにたっちゃんの肩をポンと叩くと、私たちから離れて、古賀さんたちと一緒に飲み始めた。
「……少し、歩こうか?」
「うん」
差し出された、たっちゃんの手を取ると、それだけで幸せがたくさん溢れ出す。
二人には、繋がる未来が訪れるなんて、思ってもみなかった。
ずっと心の中で望みながらも、どこかで諦めていたたった一つの恋。
「さっき、古賀さんが美紀のこと押し倒しただろ?」
「うん……」
「実はあのとき、蓮佑さんが俺の背中を押してくれたんだ」
「そう、なの?」
後ろを振り返ると、みんな私たちのことは気にかける様子もなく、盛り上がっているように見えた。
「……蓮佑さんは大人だよな。俺が蓮佑さんの立場だったら、絶対蓮佑さんみたいにできないと思う」
「うん、大人……だね」
そのくせ、ちょっと弱さも見せてくれて。
私たちは、結局本当の恋人にはなれなかったけれど、蓮佑さんを好きな気持ちに、偽りなんて一つもなかったのは、かわりない事実。
その“好き”は、たっちゃんへの想いとは、比べものにならないけれど。
蓮佑さんと過ごした時間は、私たちが向き合うためには必要不可欠なものだったんだと思う。
「……そういえば、一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
悪戯っぽく、たっちゃんの瞳が揺らめいた。
「“桜子”って、美紀のことだろ?」
すっかり頭から飛んでいたその名前。
ドキッとして、思わず失ってしまった言葉。
「……どう、して?」
まさか、たっちゃんに気づかれていたなんて、思ってもみなかった。
繋がれた手が解かれて、たっちゃんの手が私の頬に触れる。
「最後にチャットしたとき、覚えてるか?」
たしか、チャットの最中に、たっちゃんから電話が掛かってきたんだっけ。
あの夜のことを思い出すと、こんな風に今、たっちゃんが隣にいてくれることが夢のようにも思えてくる。
「あの時、ログアウトしようと思ったら、“好きだよ”ってメッセージが飛び込んできて。最初は桜子ちゃんが、忘れられない人のことを思って打ったんだろうなって思ってたんだけど……」
「…………」
「桜子ちゃんとのやり取りを最初から振り返ってみたら、美紀だって気づいたんだ」
「ごめん、私、嘘を吐いて。どうしてもたっちゃんと繋がっていたくて、」
「いや、俺の方こそ、ごめん。もっと早く、美紀に気づけなくて……」
潮風が、優しく髪の毛をさらっていく。
見つめ合った瞬間、ただ愛しくて、夢中で唇を重ねる。
“友達”だと、嘘を吐き続けたこの唇で。
都合よく重ねた、嘘吐きなこの唇で。
でも、一度“真実”に触れたこの唇は、もう二度と、嘘なんて吐けない。
◇◇◇◇◇
窓辺に差し込むまばゆい光に、思わず目を細めた。
そっと隣を覗くと、まだ静かな寝息を立てながら、眠っているたっちゃん。
昨日は、遅くまでみんなで騒いでいたせいか、コテージ内はまだ静寂に包まれていた。
たっちゃんのことを起こさないように、部屋から出ると、ちょうど小野さんと一緒の部屋で寝ていたはずの蓮佑さんが出てきた。
「おはよう」
「おはよう、ございます」
昨日は結局蓮佑さんと話せなくて、笑顔が引き攣るのが自分でもよくわかる。
「外で、」
「え……?」
「散歩しながら、ちょっと話さないか?」
躊躇いがちに言った蓮佑さんに、私も小さく頷いて、蓮佑さんの後に続いた。
思っていたほど朝遅くもなくて、砂浜では早朝の犬の散歩をしている人にすれ違う程度だった。
なんて言葉を交わしたらいいのかわからずに、蓮佑さんから少し遅れてその後ろを歩くと、コテージからだいぶ離れた場所、砂浜に蓮佑さんは腰を下ろした。
私もその隣に腰を下ろす。
太陽の光が海に反射して、キラキラと眩しかった。
「……蓮佑さん、ごめんね」
その言葉が正しいかはわからなかったけど、私が蓮佑さんを傷つけてしまったことは事実だ。
「美紀は気にすることないから」
「……でも、ごめん、」
まともに蓮佑さんの顔を見ることができなかった。
私が中途半端な気持ちのままで、蓮佑さんと付き合わなければ。
過ぎてしまったことを、いくら悔やんでも時間は取り戻せないけど。
「そんな顔するなって。また抱きしめたくなるだろ?」
蓮佑さんの大きな手が、私の頭をポンと撫でた。
どうして、蓮佑さんはこんなに大人なんだろう。
私だったら、そんな風に優しくなんてできないかもしれない。
「俺」
「ん……?」
「美紀と達矢を見てると、なんだか昔の自分見てるみたいでさ」
「え……?」
蓮佑さんの横顔を見つめると、何を考えているのか、誰を想っているのか、とても切なげな表情をしていた。
「ずっとずっと大好きだったのに、たった一人だけ、“好きだ”と言えなかった女がいるんだ」
「蓮佑さん、に?」
「……意外、だろ?」
「うん、」
躊躇わずに答えると、参ったなという表情(かお)をした蓮佑さん。
蓮佑さんはいつもまっすぐだったから、好きになった相手には、直球勝負なんだとばかり思ってた。
「……だからなんだろうな、言わずに諦める辛さを知ってるから、きっと美紀たちのこと、ほっとけなかったんだと思う」
「……うん、ありがとう」
蓮佑さんは、本当にまっすぐな人なんだなと痛感する。
「たった一つの恋、か」
「……え?」
「美紀にとっても、達矢にとっても、ずっと守りたかった“たった一つの恋”だろ?」
「うん」
たった一つの恋。
例えば、まだ二人の季節が巡ってこなかったとしても。
どんな遠回りをしたとしても。
繋がるべき二人の未来は、ずっと繋がっているのかもしれない。
いつだって、どんなときだって。
たっちゃんのことを忘れたことはなかった。
春が巡ってくれば、出会った日のことを。
ぼんやりと輝く満月を見れば、二人が過ちを犯した夜のことを、忘れることなんて、できなかった。
「もし、達矢に泣かされるようなことがあったら、いつでも言ってこいよ?」
蓮佑さんの言葉に頷く。
「まぁ、あいつももう二度と美紀を泣かせたりはしないか」
立ち上がった蓮佑さんが、ふっとコテージの方向を見つめるのがわかった。
こちらに向かって歩いてくるたっちゃんと視線が絡む。
「俺にも、見つかるかな、“たった一つの恋”」
大きく伸びをして、空を仰いだ蓮佑さんは、私のことを振り返ることなく、コテージへと戻っていった。
その途中ですれ違ったたっちゃんの肩を、軽く叩いて。
「蓮佑さんと、何話してたの?」
「うん、ちゃんとお別れ言ったの……」
「……そっか」
たっちゃんの左手が、私の右手の上に重なる。
それだけで、心がホッと落ち着くから不思議だ。
「もしかして、ヤキモチ妬いてくれた?」
「妬いてねーって!」
大きく首を横に振って否定するたっちゃん。
「嘘うそ! たっちゃんが嘘吐くときって、いつもより瞬きが多いんだから」
「いや、そんなことないって」
たっちゃんの手を、ギュッと握りしめる。
「ヤキモチ、嬉しいよ」
「……あぁ、」
きっとこれからも、たっちゃんとなら大丈夫。
やっと巡ってきた、二人の季節。
回り道をして、再び巡り会えた、たった一つの恋だから。
「……キス、して?」
「ここで?」
頷くと、少し頬を朱く染めたたっちゃんの唇が重なった。
「ねぇ、たっちゃん?」
「……なんだ?」
「恋って永遠の片想いだと思わない?」
不思議そうに首を傾げるたっちゃん。
そのまま抱き寄せられて、唇が軽く触れ合う。
幸せな時間。瞬間。
一番大切な人と一緒の時間(とき)を刻むことができるのは、当たり前なんかじゃないから。
離れていた時間が長かったからこそ、その時間の重みを深く感じる。
「片想いじゃないだろ、俺と美紀は……。恋人同士だろ?」
「もちろん、恋人同士よ。でも、恋人同士だってお互い、相手に永遠の片想いを続けるのよ」
お互いの想いが、24時間、365日全く一緒の方向を向いてるとは限らないから。
日常に、大切にしなければならない時間と空間は、それぞれに存在するから。
でもそれは、切ない片想いとは違う、“素敵な片想い”。
今日、この瞬間は私がたっちゃんに片想いしてても。
一時間後は、たっちゃんが私に片想いしてるかもしれない。
そんな風に、いつまでもお互いに片想いしあって、この恋をゆっくりと大切に育めばいい。
「……じゃ、今この瞬間は、俺が美紀に片想いだな」
ニコリと微笑まれて、重なり合う唇の後は、二人だけの、幸せの中へ。
fin
第一話はこちらから。
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。