ふたりだけのブルー
空と海の青が、遥か彼方、交わるのが見える場所。
雲ひとつなく暖かな日差しが、まわりを幸せな空気で包み込む。
純白なウエディングを着た理沙の隣では、新郎の正人が少し緊張した面持ちで立っていた。
「幸せそうだね」
「そうだな」
私の隣では、大学時代からの付き合いの海斗がそんな2人を微笑ましく見つめている。
その海斗の手をそっと握りしめると、海斗は私の手を握り返してくれた。
心地よい海斗の温もりは、7年付き合った今も、変わることがない。
「これからブーケトスを行いますので、女性の方はぜひこちらへ」
そう声がかかると、海斗は私の背中を静かに押した。
理沙のまわりに、女性たちが集まってくる。
理沙は幸せそうに微笑むと、真っ青な空に向かって、ブーケを放り投げた。
大きな弧を描いたブーケは、何のためらいもなく、まっすぐに私の腕の中に落ちる。
その瞬間、さっきまで花嫁に向けられていた視線が、一気に私へと集まってきた。
理沙は、私が受け取ったのを見届けると、私と海斗それぞれに、ピースサインをしてみせる。
海斗はゆっくりと私に近づいてくると、そっと耳元に唇を寄せてきた。
「次は俺たち、だな」
「え?」
驚いて海斗の顔を見上げると、照れくさいのか少し頬が赤らんで見える。
周囲の視線は、もうとっくに理沙と正人に戻っていて、私たち2人のいるこの空間だけが、とても静かに感じられた。
「お誕生日おめでとう、美空」
トクン、と鼓動が高鳴る。
海斗がポケットから取り出した小さな箱。
誰がどうみても、その中に収められているモノは、想像ができた。
「サムシングフォーって、知ってる?」
「え?」
「サムシングオールド。何か古いもの」
海斗が開けた箱の中身は、私が想像していたモノとは違い、大粒のパールのピアスが入っていた。
「これは?」
「母親の。結婚するときに、祖母からプレゼントされたんだって」
その箱をパタンと閉じた海斗は、今度は理沙の方を指差した。
「サムシングボロー。何か借りたもの」
「え?」
「理沙が今してる、ティアラってやつ? アレ、理沙に借りることになってる」
トクン、トクンと、さっきよりも鼓動が早くなる。
サムシングフォーって、結婚に関わる4つのものだ。
理沙から、前に何となく聞いたことをぼんやりと思い出した。
「サムシングニュー。何か新しいもの」
海斗は、今度は反対側のポケットから、また小さな箱を取り出した。
その箱の中身は、最初に想像していたモノが入っていた。
「俺と、結婚してください」
海斗がその場に片膝ついてその箱を差し出してくる。
空の向こうの太陽は、ゆっくりと傾き始めていて、さっきまで空と海の境界線がわからないくらい交わり合っていた青色も、オレンジ色が交じり出していた。
「私でよければ。よろしくお願いします」
幸せな気持ちで、左手を差し出す。
今年の誕生日は、理沙と正人の結婚式になってしまったから、まさかプロポーズされるだなんて、思ってもなかった。
少し緊張気味だった海斗の表情が、一気に笑顔へと変わる。
「よかった」
海斗は、私の左手を取ると、その薬指にサムシングニューである指輪をはめてくれた。
「ジャストサイズだ」
「ありがとう」
「そろそろ、行こうか」
周囲の人たちはもう、ぞろぞろと披露宴会場であるレストランへと移動を始めていた。
腕の中にあるブーケを右手で持ち、幸せがたくさん詰まった左手は、海斗が優しく握りしめてくれる。
一歩一歩、幸せを確認するように噛み締めながら、私たちもレストランへと向かった。
そういえば、サムシングフォーの最後のひとつって、なんだっけ?
サムシングオールド。
サムシングボロー。
サムシングニュー。
海斗もまだ、3つしか言ってなかった気がする。
海斗の顔を見上げると、海斗は私の視線に気づいたのか、立ち止まって私のことを見つめてきた。
「サムシングブルー。何か青いもの」
海斗は視線を私から正面の景色へと移す。
「青い空と青い海。俺と美空みたいだろ? 俺たちふたりにとって、たったひとつのサムシングブルー。俺たちも、空と海が交わる、こんな場所で、結婚しよう」
たったひとつのサムシングブルー。
誰にも代えられない。
海と空の交わる青い景色。
「幸せの青だね」
「俺たちだけの青だ」
私の唇に、幸せのキスが舞い降りてきた。
fin
2021.4.12
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。