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シュガーレスラブ(2/3)

第一話

それから程なくして、見慣れた海渡の車が中に入ってくるのが見えた。
その瞬間、私は握りしめていたスマホを、思わず座席の下に落としてしまう。

海渡の車の助手席には、確かに誰かが座っているように見えた。
それが女なのかはわからないけれど、一人じゃないのは確かだ。

座席の下に落としてしまったスマホの存在すらも忘れて、車のエンジンを切ると海渡の車の方へと急ぐ。
気づかれないように近づくと、海渡と見知らぬ女が車から降りてきた。

女はかなり酔っ払っているのか、足元がフラフラとしている。そんな女を支えるように歩く海渡。

「おいっ、明日になったらいい加減帰れよ?」
「私が帰ったら、すぐに他の女を連れ込む気だな?」

静まり返る駐車場で、これ以上は近所迷惑だと感じたのか、海渡はヤレヤレと肩をすぼめた。
そのまま二人は裏口からマンションの中に入っていく。

なんなのよ。
私といる時とは、全然違うじゃない。
私には、絶対にお酒を飲むなって言うくせに。
本命の彼女には飲ませても、優しく介抱とかしちゃうわけ?

泣きたくなんてない。
あんな最低男のためなんかに。
そう思って、真っ暗な空を見上げても涙がじんわりと出てくる。

車に戻って、そのまま実家へと走らせた。
高速で飛ばして、一時間ほどで到着する小さな海の町。

時間が時間だっただけに、お母さんには驚かれたけど、運転してる間中止まらなかった涙の理由は、聞かれなかった。

久しぶりの自分の部屋に入ってから、スマホがないことを思い出した。
車の中に落としたんだっけ。
わかってはいても、また寒空の下に出る気持ちにもなれなくて、私はそのまま眠りにつくことにした。

◇◇◇◇◇

「よぉ、里菜。帰ってきたんだな」

ノックもせずに、いきなり私の部屋に入ってきた男を睨みつける。

「ちょっと、悠希、ノックくらいしなさいよね!」
「いいだろ? 俺と里菜の仲なんだし」
「その周りが誤解するような言い方、やめてもらえない? 私と悠希はただの幼なじみでしょ」

確かに小さい頃は、一緒にお風呂に入ってたりしたけど。

「ツレナイなぁ、里菜は相変わらず」

メイク途中の私のことなんてお構いなしに、悠希は私のベッドに座り込んだ。

お母さんもお母さんだよ。
まだ寝てるかもしれない娘の部屋に、いくら悠希とはいえ、男を入れるなんて。

「……里菜、失恋でもしたか?」
「なんなのよ。その言い方」

人の不幸を、嬉しそうに聞いてくる悠希の態度に、カチンときた。

「だって、里菜が戻ってくるのは、男と別れた時だけだって、おばさん、うちのオフクロに言ってたよ」

お母さんってば。
娘の不幸を、どうして人に話すのよ。
しかも悠希の耳に入りそうな人に。

確かにお母さんや悠希の言う通りだ。
仕事を始めてから、実家に戻ってくるのが前ほど頻繁ではない。
しかも泣きながら帰ってくる娘を見て、母親なら心配するのが当然なのかもしれない。

海渡と付き合う前にも、二年付き合った男と別れて、泣きながら車を走らせたっけ。
今回はそれが半年と、短かっただけのこと。
そのたびに、悠希がこうやってくるのも同じだ。
私ってば、毎回何をやっているんだろう。

「わかってるなら、今日も付き合ってくれるんでしょ」
「もちろんだよ。明日も休みなんだろ?」
「うん」

今夜はゆっくりと飲める。
海渡と付き合うようになって、ずっと飲めなかったお酒を。

私の久しぶりの帰宅に、実家はお昼から悠希の両親を招いて酒盛りが始まった。
私も悠希も、子供のころからこんな雰囲気に付き合わされたせいなのか、お酒はかなり強い。

「里菜ちゃんが悠希と結婚でもしてくれたらいいのにね」
「いや、むしろ悠希はいらないから里菜ちゃんをうちの娘に」

飲んだ勢いで、みんながそれぞれに言いたい放題。
苦笑いしながら悠希を見ると、外に行こうかと合図をされた。

子供のころから言われ続けた言葉とはいえ、適齢期になってから言われるとやっぱり意識してしまう。悠希も同じなのか、車に乗り込んでも何もしゃべらなかった。

小さい頃からよく遊んだ海辺に到着すると、私たちは車を降りた。
二月にしては暖かいとはいえ、時折吹く海風は容赦なく冷たい。

海岸を歩くには場違いなヒールできてしまった私は、歩きづらい浜辺をゆっくりと歩いた。

「ほら、こいよ」

さりげなく出された悠希の手を繋ぐ。
私に合わせてゆっくりと歩いてくれる悠希の優しさに、なぜか胸がざわついた。

悠希の手って、こんなに大きくてゴツゴツしてたっけ。
いつの間にか大人になってしまったんだな、なんて、今さらながらに実感する。

当たり前なのにね。
二人が手を繋いでたのなんて、随分昔のことだ。

言葉なんてなくても、悠希の隣はこんなにも落ち着く。
悠希の背中を見ながら、思ったよりもがっちりとした肩幅にドキドキさせられる。
今までこんな風に感じたことなんてなかったのに。
私は悠希の手を離すと、自分の気持ちを何かの間違いだと打ち消した。


(3/3)へ続く。

2021.2.19

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。