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シュガーレスラブ(3/3)

第二話

二人は幼なじみでいるのがベストだ。
今までだって、散々お互いの恋愛相談をしてきたじゃない。

このドキドキは、恋とかそんなものじゃなくて、このありえないシチュエーションに、私が酔ってるだけだ。

「里菜、どうした?」

振り向く悠希の笑顔は、いつもとこれっぽっちも変わらないはずなのに、胸がドキンと高鳴るのがわかった。

「あ、うん。そろそろ行かない?」
「そうだな。そろそろ行くか」

空が朱くなりはじめた海は、間もなく暗闇を連れてくる。
もう、この町にたった一軒しかない貴重な居酒屋も、開店するころだろう。

◇◇◇◇◇

「……おい、まだ飲むのかよ?」
「いいでしょ。まだまだ飲みたりないのよ」

悠希が止めるのも聞かずに、強いお酒をガンガンとあけていく。

半年ぶりのお酒と、弱った心。
もっと強いと思ったのに。
いつもの半分くらいしか飲んでないのに、私は悠希に抱きかかえられるように居酒屋を出た。

「……ばか悠希! もっと飲ませてよ」

飲んで酔っ払って、海渡のことなんて、存在ごと忘れてしまいたい。

「まったく。里菜の男は大変だよな、こんな酒癖の悪い彼女だと」

嫌味たっぷりの悠希の言葉に、私は悠希を睨みつけた。

「海渡と付き合ってからは、お酒禁止だったのよ」
「……へぇ、あの里菜がね? 男のために禁酒してたんだ」

ばかにしたように笑う悠希が、なんだかすごく憎たらしい。

「私のことばっかり言ってるけどさ、悠希はどうなのよ。最近の恋愛事情」
「ん、俺? めちゃめちゃ大切にしたい彼女がいるけど」

彼女の笑顔を思い浮かべているのか、幸せそうな悠希の笑顔に胸がざわつく。
悠希に想われている彼女は、きっと幸せなんだろうな。

幼なじみとしても、友達としても、時々意地悪なところを除いては申し分のない悠希。
自分が不幸のどん底にいるせいか、少し意地悪をしたくなった。

悠希の隙をついて、その唇を奪った。
子供のころに興味本位でしたキスを思い出す。

「……私、悠希を好きになればよかったな」

その言葉を、海渡に聞かれているなんて知らずに。

「だったら今から好きになれよ。俺が忘れさせてやる」

悠希の瞳が切なげに私の心を掴んだ。

ドキンドキンと高鳴る心臓の鼓動。
次の瞬間に触れ合う二人の唇。

抱き寄せられて、頭が冷静さに欠けてるとき、海渡がこっちを悲しそうに見ている姿が目に入ってきた。

近づきも離れもしない海渡から、悠希の腕の中にいるのに目を逸らせない。

「……里菜、マジで考えろよ? 俺とのこと」

耳元で悠希にそう言われる。

「海渡」

それなのに、私は海渡の名前をつぶやいていた。

悠希は抱きしめていた腕を解くと、私の視線の先にいる人物を確かめるように振り向いた。
海渡も、そんな私たちにゆっくりと近づいてくる。

「なんで俺以外の男にキスされてんだ? なんで酒なんて飲んでるんだよ?」

じろりと悠希を睨みつけて、海渡は私の腕を引っ張った。ふらふらの足元のせいで、私は海渡の方に倒れるしかなかった。

「……ちょ、何すんのよ。私以外に女がいる海渡なんて、ノーサンキューなんだから」

べーっと舌を出して、海渡から離れる。
悠希はそんな私がまっすぐに立っていられるように支えてくれた。

「他に女なんて、いるわけないだろ?」
「だったら、昨日の酔っ払い女は誰なのよ。どうして愛してるって言ってくれないのよ。どうして……」

まだまだ言いたいことはたくさんあるはずなのに、涙で言葉が出なかった。そんな私の頭を、悠希は撫でてくれる。

「昨日の女は姉貴だよ。最近旦那と喧嘩して、転がり込んだだけだし、今朝追い返したから」

「じゃ、どうして"好き"とか"愛してる"とか言ってくれないのよ。私、ずっと不安だったんだから」

いつも余裕そうで。
いつも強気で。
好きなのは私だけなのかと不安になるじゃない。

「愛してるって言ったら、それで里菜は満足するのか?」
「え?」
「愛してなんてなくても、"愛してる"なんて言えるから、俺は言いたくなかったんだよ」

そういうものなの?

悠希の顔を見ると、悠希も海渡の意見に同意したように頷いている。

「……男は身体目的だったら、"好き"とか"愛してる"なんて言えちゃうやつもいるんだよ」

悠希はそう言うと、私の肩をぽんと叩いた。
優しく見下ろすその目は、いつも私を見守ってくれていたのと同じだ。

「海渡さんが里菜を泣かすような男だったら、里菜を無理矢理にでも奪おうって思ってましたけど、里菜はお返しします。幼なじみとして、里菜のことをよろしくお願いします」

悠希はペこりと頭を下げると、私と海渡に背を向けて歩き出した。


◇◇◇◇◇

「ねぇ、海渡? 海渡だったら"愛してる"以外に、"I LOVE YOU"をなんて訳す?」

私には、"愛してる"以外に、うまく言葉が見つからない。

「そうだな。俺なら……」

耳元で囁かれたのは、身体の真ん中まで熱くなってしまいそうな言葉で、恥ずかしさに、体温が一気に上昇していくのを感じた。

海渡ってば、絶対に意地悪すぎるよ。
でもそんな海渡が、私には合っているのかもしれない。

海渡の"I LOVE YOU"で、こんなにも愛を感じられるなら。
あんな卑猥な言葉でも、許してあげよう。

「里菜の"I LOVE YOU"は……だろ?」

囁かれたその言葉に、ますます身体に熱を感じる。
絶対海渡ってば、面白がってるに違いない。

「……でも俺、里菜がイクときの顔が一番愛を感じるから。何度でもイかせてやるよ」

その夜は、勝手に消えたお仕置きとばかりに、一晩中解放されることはなく、私は何度も海渡の"I LOVE YOU"を聞かされ続けた。

甘い言葉なんて、これっぽっちもなくても。
"I LOVE YOU"を感じられたから。

仕方がないから、許してあげる。


fin

2021.2.20

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。