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時色想い

午後7時。
拓斗くんとの待ち合わせのカフェ。

いつものように窓際に腰を下ろすと、スクランブル交差点で、信号を待つ拓斗くんの姿を見つけて、胸が大きく弾んだ。

緩む口元を必死に我慢して、まだ遠く離れた拓斗くんから視線を外す。

こうやって、拓斗くんを待つ時間。
それは、私の片想いの時間だった。

持っていた小説を鞄から取り出して、ペラペラとめくってみる。
もちろん、小説の内容なんて、まったく頭に入らない。
もうすぐ、拓斗くんが入ってくる。

カフェラテを一口すすると、カフェの扉がカランと開く音がした。

カツコツと響く拓斗くんの足音は、どんな雑踏の中で聞いてもきっと私には聞き分けることができる。

でも、拓斗くんの足音にはわざと気づかないふりをして、持っていた小説を一枚めくった。
その瞬間、いつものように拓斗くんの手が私の視界を奪い取る。

「だーれだ?」

わかりきった答えなのに、目隠しをしたまま、拓斗くんは私の耳元で囁いた。

「わかんない。だれ?」

もう何年、この会話を続けただろう。

触れた手も、拓斗くんの声もすぐ近くにあるのに、なかなか近づけない二人の距離。

トクトクと心臓の鼓動が煩くて。
いつもの拓斗くんの答えを待つしかできない。

もう少しだけこのままでいたい気持ち半分。
でも、これ以上このままでいたら、心臓が壊れちゃうよ。

後者の気持ちが、少しだけ勝つ。
その手を外そうと、拓斗くんの手に触れた。

「まだ答えてないだろ?」

いつもなら、笑って私の前に座るのに、今夜の拓斗くんは、なぜか手を離そうとしてくれない。

「拓斗くんでしょ?」

「違う」

「嘘、絶対拓斗くんだって」

少し強引に拓斗くんの手をはがすと、急に視界が明るくなった。

「ほーら、やっぱり拓斗くんじゃない」

後ろを振り返りながら、パタンと手に持っていた小説を閉じる。

「違う、」

まだ否定する拓斗くんは、私の目の前に座ると、私の手を取った。

いつもとは違う拓斗くんの行動に、鼓動が急加速を始める。
拓斗くんは、そんな私を真っ直ぐに見据えた。 

「じゃ、あなたはだーれ?」

いつになく真剣な眼差しの拓斗くんは、私の頭を引き寄せると、耳元に唇を寄せてきた。

「里桜のことを好きな、ただのオトコ」

囁かれた言葉のせいで、頬が急に熱を帯びるのがわかる。
ずっと、待っていたはずの拓人くんの言葉なのに、私の口からは、天邪鬼な言葉しかでてこなかった。

「冗談だよね?」

「いや、マジだけど?」

「いつから?」

「初めて里桜に、目隠ししたときからかな」

拓斗くんは照れ笑いをすると、私から離れた。

右耳だけが、やけに熱い。

「里桜の答えも、俺と同じだろ?」

まだ熱の残る右の耳たぶを押さえながら、私はこくんと頷いた。

「待たせて悪かった。里桜に目隠しするたび、今夜こそは言おうってしてたのに、なかなか勇気がもてなかった」

拓人くんはホッとしたような笑みを浮かべた。

「ほんと、待ちくたびれたよ」

ぷーっと頬を膨らませて、拓斗くんのことを見つめる。

ふたりの間の空気が、砂時計の砂のように緩やかに流れ始めた。

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fin


いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。