ゴールはきっとすぐそこに
こちらは、私とちよこさんでお届けする、マジカルバナナ的リレー小説になります。
ちよこさんからのバトンは、この小説のタイトル、「ゴールはきっとすぐそこに」になります。
では、本編はどうぞ。
***
「俺が一位になったら、朝香のこともらっていい?」
校内マラソン大会。
準備運動をする聡の傍にいると、声をかけてきたのは勇斗だった。
聡と勇斗は同じ陸上部。
でも、勇斗は聡に一度も勝ったことがない。
マラソン大会の試走でも、200メートル近くの差をつけて、圧勝の聡。
私はそんな聡と、周囲には内緒で付き合い始めたばかりだった。
「ばーか、朝香は賭けるモノじゃねーだろ?」
てっきり私たちが付き合っていることを公言してくれると思っていたのに、聡はさっさとスタート地点に行ってしまった。
「朝香、学校裏の林のところで待ってて。俺、絶対あそこで聡のこと抜かしてみせるから」
真剣な眼差しに、胸がトクンと高鳴る。
誰よりも練習熱心な勇斗。
その努力は相当なものだ。
「おまじない」と言いながら、勇斗は私の小指に自分の小指を絡めた。
聡と勇斗が隣同士でスタートラインに並ぶ。
合図とともに走り出した二人。
聡の方が早く校庭の外に抜けていった。
「やっぱり、今年も聡くんかなぁ? 断トツだもんね」
少し遅れて校庭の外に出ていった勇斗のことを見ながら、女子たちが噂を始める。
“一位になったら、朝香のこともらっていい?”
その言葉が、何度も何度も頭の中を駆け巡った。
きっと、冗談だよね。冗談に決まってる。
勇斗の言っていた場所へ、複雑な気持ちのまま移動する。
絶対的に強い聡に、憧れていたのに、聡と付き合い始めてからはその強さよりも、勇斗の人一倍のひたむきさに惹かれていることに、心の奥底では気づいていた。
この場所へ二人が走ってくるには、もう少し時間がかかるはず。
もしも勇斗が一位になったら。
ううん、私のことがなくても、あの聡が一位の座を他の誰かに渡すわけがない。
まだ見えない二人の姿に、気持ちだけが焦る。
私は、どっちが一位でここを駆け抜けていくのを望んでいるの?
目を閉じて自分の心に問いかける。
次の瞬間、感じた気配に目を開けると、視界に飛び込んできたのは聡の姿だった。
そこから遅れることほんの僅か。
聡のことを追いかけてくる勇斗の姿が目に留まった。
私の目の前をピースサインで通りすぎた聡は、すぐに先のカーブを曲がっていった。
「朝香」
名前を呼ばれたのと同時、不意に奪われた唇。
「絶対一位になるから」
すぐに離れた勇斗は、きつそうに笑った。
「頑張って」
素直に零れた言葉。
頷いた勇斗が、猛スピードで走り去る。
あっという間にすぐ先のカーブを曲がった勇斗の姿が見えなくなった。
近道を通って、ゴールまで先まわりする。
普段の二人のタイムなら、あと10分もあれば来るはずだ。
ゴール付近には、たくさんのギャラリーが集まりはじめていた。
時間だけが気になって、腕時計を何度も見る。
そろそろだ。
パッと顔を上げると、最後のカーブを勢いよく曲がってきた聡の姿がまず目に入ってきた。
数秒も変わらずに、勇斗も勢いよく曲がってくる。
二人の距離は、ほとんどなかった。
勇斗が一気に聡を追い上げてくる。
その光景に、まわりの声が一段と大きくなった。
ゴールの前で、二人のことを待つ。
一瞬早く、ゴールテープを切ったのは、勇斗だった。
勇斗はそのまま、私のことをきつく抱きしめてくる。
聡は、少し悔しそうにゴールの脇で倒れていた。
「約束どおり、俺が朝香のこともらうから」
聡はゆっくり立ち上がると、私の肩をポンと叩いた。
その背中を黙って見つめていると、勇斗が私の手を握ってきた。
「あいつ、わざと負けたんだ」
「え? どういうこと?」
聡がわざと負けるなんて、あり得ない。
どんなときだって、聡は手を抜いたことなんてなかった。
「朝香の気持ちが、自分にないこと気づいてたからだよ」
「嘘、」
「嘘じゃない。ゴールで待つ朝香の顔を見て、朝香が待っているのが、自分じゃないってわかったんだよ、きっと」
心がズキンと痛む。
確かに私は待っていた。勇斗がまっすぐにゴールに向かう瞬間を。
恋って、どうしてこんなに苦しいんだろう。
恋って、どうして切ないんだろう。
自分の想いに素直になりたいだけなのに、それが誰かを傷つけることもある。
「私、勇斗を待ってた。ずっと待ってた」
聡に付き合おうと言われるよりも前からずっと、私が待っていたのは勇斗だったんだ。
まっすぐな恋を待っていた。
fin
ちよこさんの小説、お楽しみに!
2020.6.5
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