わがままなサンタクロース

凍えそうなほど冷たい風が頬を突き刺す。
両手をコートのポケットに突っ込んで、慶太との待ち合わせ場所である駅前の大きなツリーの前に立った。

クリスマスイヴまであと10日ほど。
待ち合わせ場所にこのツリーを選ぶ人たちの足並みも、いつもより少し浮き足立っている気がする。

約束の時間は夜の7時。
ライトアップされたツリーを見上げていると、背後からポンと肩を叩かれた。

「ごめん、優希、遅くなって」
「ううん、私も今来たばかりだから」

今年就職したばかりの私たちが会うのは、最近では月に一度か二度程度。
美容師である私の仕事柄、休みを自由に選べなくて、慶太と過ごす時間は減るばかりだった。

新人の私は、クリスマスイヴは当然のように仕事で、とてもじゃないけれど、その日のうちに恋人らしい甘い時間を過ごせそうにはない。

慶太の手を取ると、慶太が優しく握り返してくれた。

「ごめんね、やっぱりイヴは会えないと思う」
「気にしなくていいよ、優希が選んだ仕事なんだから。それに、イヴの前にこうやって優希と会えるだけで幸せだから」

慶太の優しさに、胸がいっぱいになる。
去年のクリスマスイヴに、付き合い始めた私たち。イヴは、1周年記念でもあるんだ。本音では、ほんの一目でもいいから会いたいって、わがままを言って欲しかった。


◇◇◇◇◇

12月はとても忙しい。
残業の日々が続いているのは、私だけではなく慶太も同じだったようで、送ったメッセージに既読がつかないことも増えていった。

結局、最後に食事をしてから、メッセージのやり取りは片手で数えるほど。声すらも聞けずに、クリスマスイヴを迎えた。

昼間よりも、夕方になって一気に店は混みだす。
綺麗に着飾った女性たちが、ここを出て向かう先は、たったひとりの大切な人の場所なのだろう。誰もが幸せそうなオーラに包まれていて、心はもうとっくに恋人の元へ飛んで行ってしまっているようだった。

最後のお客様を見送ったのが、夜の9時。
先輩たちは、私を残して「お先に」とひとりずつ上がっていってしまった。

誰かひとりくらい、手伝ってくれてもいいのに。
そうは思っても、後片付けと翌日の準備は、新人である私の仕事。
しかも明日の朝も、すでに予約で埋まっている。先輩たちだって、明日もいつも以上に忙しい日になるのをわかっていて、早く帰りたい気持ちがあるのは当然のことだ。
私だって、早くしなければ、終電になってしまう。

ポケットに仕舞い込んであったスマホを取り出す。
今朝送った慶太へのメッセージは、未読のままだった。

どうして?
一言くらい、連絡くれてもいいのに。

仕事に行く前に、このメッセージを読む時間もなかったの?
お昼休みだって、メッセージに返信くらいできたでしょう?

自分のせいで会えないのに、慶太の気遣いのなさばかりが気になって、私を寂しさのどん底へと突き落とす。

涙を必死に堪えながら、ただひたすら手だけを動かす。

「会いたいよ。声が聞きたいよ」

届くはずのない言葉が、しんと静まり返った店の中に零れた。

いつからだろう。
本当は会いたいのに、会いたいって言えなくなってしまったのは。
本当は抱きしめて欲しいのに、素直に甘えられなくなってしまったのは。

少しくらいわがままを言って欲しいって思っているのに、私だって全然素直になれていなかった。
我慢して、自分の気持ちを押し殺して、物分かりのいい彼女になろうとしてた。

涙が頬を伝って、さっき零したばかりの言葉へ向かって流れ落ちる。
ひとつぶ、ひとつぶと、零れ始めた涙は、もう止める術がなかった。

不意に、カランと扉の開く音が聞こえて来る。
誰か忘れ物でもして、戻ってきたんだろうか?

慌てて涙を拭うと、後ろを振り返る直前に大好きな香りが私を包んだ。

「……慶太?」

この香り。
この手の温もり。
この感触。

顔が見えなくても、間違えるはずがない。
また涙が零れ落ちる。
涙は、私を抱きしめてくれた、慶太の手を濡らした。

「やっぱり、我慢できなかった。一目でいいから会いたくなって、向こうの店で、優希の仕事終わるのずっと待ってた」
「それなら、早く言って欲しかった」

会いたいって言葉を聞いていたら、こんなにも不安に思うことはなかったのに。

「ごめん。でも俺も不安だったんだ、ずっと。優希に他に、イヴを過ごしたい相手がいたら、どうしようって。だから、イヴが近づくまでずっと、優希と話すのが怖かった」

慶太の腕から離れ、慶太の顔を見上げる。
相手の言動に一喜一憂していたのは、私だけじゃなかった。
慶太だって、ずっと不安を感じていたんだ。

「慶太以外、いないから。イヴを過ごしたい相手も、この先の記念日を一緒に迎えたい相手も」

涙で声が震えてしまう。
慶太は、そんな私の顎を持ち上げ、そっと口づけてくれた。

甘い口づけが、ふたりの中の不安を溶かしていく。
熱のこもった優しい感触が、ふたりを包み込んだ。

「あの店で、クリスマスケーキでも食べない?」

慶太が、さっきまで私を待っていた店を指さす。

「うん、食べる。モンブランあるかな」
「そう言うと思って、実はモンブランは予約しておいた」
「そうなの? ありがとう」

笑顔で答えると、さっきよりも甘い口づけが舞い降りてきた。



◇◇◇◇◇

2020年最後の1ヶ月、12月が始まりました。
迫って来るクリスマスに、心ウキウキしてる方も、ドキドキしている方も、切なさを抱えている方も、いらっしゃることと思います。
そんな皆様方に、クリスマスまでワクワク感を味わっていただこうと、クリスマスアドベントカレンダー企画を立てました。


クリスマスイヴである24日までは、下記のカレンダーの作家さんたちが、順次小説を公開してくださいます。
そして、最後の25日は、私も参加したい! と思う方は是非ご参加ください。私も多分、25日も参加します。

詳しい参加方法は、下記noteをご覧いただければと思います。


2020.12.1

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。