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ヒトの秘密は見ないフリをしてあげよう

恋愛小説を書いている。そのことを家族はもちろん、友達、同僚、誰も知らない。

小説のネタを、今でこそスマホのメモ機能に入力しているが、最初の頃はノートに手書きでざっくりと書いていた。
もちろん、ノートだと手軽にどこでも書けるわけでもないし、見る場所も選ぶ。だけど、細かい人間関係とかを書き出すには、文字よりも相関図の方がわかりやすいのだ。恋する相手も、矢印で表現できるし、後から見直すときにとても便利。細かい妄想をいろいろ書き出しては、ネタを練っていた。

そんなネタに溢れたノートを、あろうことかリビングに置きっぱなしにしてしまった。
朝起きて、ノートがそこに置きっぱなしになっていることに気づき、真っ青になる。恋愛小説のネタがつまったノートだ。誰が誰を好きでとか、いつ誰とどこにデートしてとか、ヒーローに言わせる台詞とか、細かいものも書いてある。ネタノートではなく、それこそ小説を読まれたなら、諦めもつく。だけど、ネタノートだ。小説のネタだと思われなかったら、ただの妄想。しかもかなり危ない妄想だ。S彼のお話を書くことも多いし、甘めのラブストーリーなことが多いので、当然ヒーローに言わせたい台詞も甘い。甘すぎる。もしくは、ただのドSの台詞だ。言われたい願望があるわけじゃない。いや、佐藤健さんになら言われたいけれど、それはそれ、現実では言われたい台詞ではない。

そのノートは結構な長い時間放置されていた。しかも、置いたはずの場所ではないところへ移動されていた。誰が移動したのかはわかっている。だけど、聞けなかった。「読んだ?」って。だって、読まれていたら恥ずかしすぎるし、読まれていなかったら墓穴を掘るだけ。
読んだの? 読んでないの?
いまだに聞くことができないし、このままなにごともなかったかのように忘れて欲しい。
息子の隠してたエッチな雑誌が、ベッドの下から出てきたような感覚でさ、すべて忘れてください。

ある日、仕事のふりをして小説を書いていた。
目の前には課長がひとり。母くらいの年代の女性課長だった。
特に急ぎの仕事がないときで、その課長とふたりのときはたまにエクセルに小説をざっくりと書いていた。
といっても、いつ後ろに回って読まれるかもしれないリスクもあるから、かなりフォントサイズを小さめにして、私でも見にくいサイズで書いていた。下書きだったし、誤字脱字誤変換、このあたりは気にせずひたすら書いていたとき、課長がパッと立ち上がり、「あのさ」と近づいてきた。
私はとりあえず画面を小さくし、課長の対応をする。しばらく話していると、さっきまで小説を書いていたことなんてすっかり忘れていた。
「そういえば、エクセルで教えてほしいことがあるんだけど」と言われ、そのブックを開こうとすると、先程私が小説を書いていたブックが先にパソコンいっぱいに表示されてしまった。
課長は一瞬、パソコンを凝視した。
書いている小説は、甘めのお話。なんなら、ちょっとあんなことしちゃってるシーンを書いていた。
ヤバイ! と慌てて画面を閉じ、課長の求めていたブックを開く。なんとかその場をやり過ごしていたんだけれど、あの一瞬の出来事は冷や汗ものだった。
「読みました?」なんて聞けるわけがない。いやいや、読めないよね。あんな一瞬だったし。文字もかなり小さなフォントで対応してたし。

それからの私は、ノートにネタを書くことをやめ、スマホのメモ機能にネタを入力するようにしている。人物相関図を書けないのが難点。
職場で妄想が浮かんだときは、トイレに立ち上がり、思いついたシーンや台詞などをパパッとメモ機能に入力しておく。

スマホだけは落とせないし、誰にも触らせられない。
絶対に、記憶喪失にもなれない。記憶を呼び起こすためだからなんて、スマホに触られたら妄想のすごさにみんなぶっ飛んでしまうかもしれない。

でもさ、私が誰にも言えない秘密があるように、他の人もきっと、なんらかの秘密、抱えているよね?
だから、ネタの詰まったノートを見ても、気づかないふりしてくれたの?
本当はパソコンの画面見えたけど、課長もこっそりどこかで恋愛小説書いてたりするから、見なかったふりをしてくれたの?

答えはわかりません。


2020.5.29

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