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シークレットラブ(1/2)

いつだって、あなたが優先するのは、私ではなく、彼女だった。

「……ごめんな、早紀。また連絡するから」
「ううん、気にしないで」

そう言って、優しく抱きしめてくれるのは変わらないのに。
物分かりのいい女の振りをして、部屋を出ていく瑛太の後ろ姿を見送った。

テーブルの上に置かれた、瑛太のタバコ。
一本取り出して、火をつける。

二つ年下の瑛太とは、付き合い出して二ヶ月が経とうとしている。

同じ会社の、後輩である瑛太と、知り合ったばかりの去年の春に一目惚れしたのは私の方だ。

まだ半分以上残るタバコを灰皿に押し付けながら、最後の煙りを吐き出すと、私は全身から瑛太の痕跡をなくすために、シャワーを浴びた。

行かないで。

その一言を、何度言おうと思っただろう。

瑛太の彼女は、私なのに。
私よりも優先される相手は……多分瑛太の元カノ。
見たことのないその存在に、最近は不安が尽きない。

急にぽっかりと予定のあいた休日。
本当なら、ゆっくり瑛太と過ごすはずだったのに。

どんよりと曇った空を見上げながら、髪の毛を乾かす。

私の心のように、今にも泣き出しそうな灰色の空。
瑛太の、彼女だと思っているのは私だけ?
付き合っているのに、これじゃ私は瑛太に片想いしてるみたいだよ。
こんなぐちゃぐちゃな嫉妬心。
瑛太には知られたくない。

◇◇◇◇◇

「早紀は人がよすぎんのよ。もっと我が儘言わなきゃ、瑛太くん、本当に元カノに取られちゃうわよ?」

一人では休日を過ごしたくなくて、親友のユキノをお気に入りのカフェに呼び出す。

ため息の数に、比例するように増えていくタバコの吸い殻。
瑛太と付き合うようになって、拭えない不安。

「瑛太に嫌われたくないのよ」

我が儘を言って、困るのは瑛太だ。
行かなくて済むのなら、瑛太だって行かないだろう。
私と一緒にいるのに、それでも瑛太は行くのだから。
それに、後ろめたいことがないから、私にきちんと話してくれてるはず。

カフェの外は、いつの間にか大粒の雨が降り出していた。

「降ってきたね」

ユキノが憂鬱そうにため息を吐く。

突然の雨だからか、傘を持っていない人たちも急ぎ足になっていた。

そんな中、窓の外を見て、思わず言葉を失った。

一本のオレンジ色の傘をさしながら、寄り添うように歩く二人。

瑛太と、見知らぬ女。
直感で、それが瑛太をいつも呼び出す相手だとわかる。

二人は雨宿りのつもりか、カフェの入口で立ち止まると、店内に入ってきた。

「早紀、どうしたの?」

私の視線に気づいたユキノが、瑛太たちに視線を向ける。

「もしかして、あれが瑛太くん?」
「うん」

瑛太は私が同じ店内にいるなんて気づかないまま、少し離れた席に腰を下ろした。

店内は混雑していて、瑛太たちの会話は全く聞こえなかった。
だからこそ、余計に二人の会話が気になってしまう。

時折、かわいらしい笑顔を見せる彼女に、私のモヤモヤは募っていく。
瑛太はどうして彼女を優先するの?
私ではなく、別の彼女を。

ズキズキと痛む心。
二人の姿なんて、見たくもなかった。

「……早紀、大丈夫?」

心配そうに私の顔を覗きこむユキノに、無理矢理笑顔を向ける。

大丈夫、なんかじゃない。
本当なら、瑛太の隣で笑っているのは私だったはずなのに。

「ダメ、みたい」

ポロポロと溢れ出す涙は、テーブルの上に落ちていく。
ユキノに差し出されたハンカチを目にあてて、涙を拭った。

いつの間にか私の隣に移動してきたユキノは、私の背中を黙ってさすってくれる。

瑛太にとって、本当は私は二番めなのかもしれない。
本命の彼女は、今瑛太の目の前にいる女で、私は都合のいい女にすぎないのなら、もう瑛太とは一緒にいられない。

「終わりにするね」
「え、早紀?」

ユキノの視線を背中に感じながら、私は二人の座る場所に向かう。
二人の席の前で立ち止まると、瑛太が驚いたように顔を上げた。

作り笑顔でも、引き攣った笑顔でもいい。
涙なんて、絶対に見せたくなかった。
私を凝視する彼女にも、余裕ぶって笑顔を向ける。

「はじめまして。私、黒田早紀といいます。瑛太くんとは同じ会社で働いています」

突然の私の自己紹介に、目の前の彼女は困ったように瑛太に視線を向ける。

「早紀、あのな」
「言わないで。言い訳なんて聞きたくもないから。サヨナラ」

瑛太の手が私の手首を捕えた。
真っすぐに見つめられて、視線を逸らすこともできない。

「瑛太、ごめんね。早紀さんもごめんなさい。私、帰りますから」

オロオロとした彼女が立ち上がろうとする。

「レイ、帰る必要はない」
「でも、瑛太」

瑛太が私の手首を離したのを見て、レイさんはその場にもう一度腰を下ろした。

さっきまで瑛太に強く掴まれていた場所が、少しだけ赤くなっている。

そういうことね。
瑛太が選んだのは、私ではなく、レイさん。
痛むのは手首ではなく心だと感じて、私は容赦なく降り続いている雨の中へと飛び出した。


(2/2)へ続く。

2021.3.16

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。