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桜の恋のおまじない

雲ひとつない水色の空。
古びたベンチに座り、眩しい太陽の光と、薄紅色の桜を細目で見上げる。

この季節になると、私はいつも桜の木の下で、この花びらが早く散らないかと願ってしまう。

今年も、開花宣言をしてからあっという間に満開になってしまった、木下公園の桜並木。

あいつは、今どこで桜の木を眺めているんだろう?
考えるだけで、胸がぎゅっと胸が苦しくなる。

「千春、また待ってるの?」

私の隣に腰をおろしたのは、高校時代からの親友の美咲だった。
ずっと大好きだった人との結婚が決まり、美咲はいつも幸せそうだった。
それに比べて、私の待ち人は来る気配を見せない。

「待ってなんてないよ」
「本当に?」

美咲は疑いの眼差しで私を見つめた。

「本当だって」

カメラマンになりたい。
その夢を追いかけ、私の側からいなくなった雄太。
毎年送られてくる桜の写真の絵葉書。
どこで撮ったものかまでは書いてくれないのが、やっぱり雄太だなって思う。

「今年は、送られてきたの? 桜の写真」
「ううん、まだ」
「そっか。今年はどこで撮った桜の写真がくるのか、楽しみだね」

美咲の言葉に、曖昧な笑顔で頷く。
本当は写真なんかいらない。
一緒に、この桜を眺めたいのに。
また今年も、私の願いは叶いそうにない。

「そうだ、千春に桜の魔法かけてあげる」

突然ベンチから立ち上がった美咲は、私の後ろに立って、肩に触れる。

「なんなのよ、桜の魔法って」
「おまじないみたいなものよ。だからね、心を空っぽにして、目をギュって閉じてみて」

おまじないかぁ。

美咲の優しい心遣いに感謝して、言われた通りに目を閉じる。

「ギュっとだよ、魔法がかからなくなるといけないから、いいよって言うまで、絶対に目を開けたらダメだからね」

美咲はそう言うと、私の肩から手を離して、数を数え始めた。

春の暖かな日差しと桜の匂いは、目を閉じていても風で感じることができる。

雄太。
他の誰かとじゃなく、雄太と一緒にこの桜の花を見たいよ。
美咲の声が、少しずつ小さくなってるのは気のせいだろうか。
でも、「30」の声は、今までで一番はっきりと聞こえた。

「いいよ」

その次に聞こえてきた声は、美咲の声ではなかった。

心が震えるのがわかる。
目を閉じているからこそ、余計に心が感じる。
ゆっくりと目を開けると、目の前にはずっと会いたかった雄太が立っていた。

「なんで、こんなところに?」

声まで震えてしまう。

「なんでって、いろんな桜を見てきたけど、千春と一緒に見る桜が一番幸せだって思ったんだ」

雄太はそう言って私を抱き寄せた。

fin


2021.3.19

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。