生きる時間を削るということ

苦労なく、欲しいものを手に入れることができれば、心は満たされるのか?

それは、少なくても私にとってはノーだ。
働いてお金を得ることは、簡単ではない。
生きていくために働いている。暇だから働いているわけではないし、お金がなければ、生きていくことが困難だから働いている。お給料がすべて自分の好きなように使えるわけではない。欲しいものを勢いだけで買えるほど、生活に余裕があるわけではない。

苦労なく、欲しいものを手に入れることができるのだとしたら、それはもう「欲しい」と強く思う気持ちが欠けてしまう気がするのだ。
働いて、その中で作った自由なお金でやっと欲しいものを手に入れることができる環境だからこそ、それを強く「欲しい」と思う気持ちが生まれるし、それを手に入れたら、心は満たされるだろう。

もちろん、お金はないよりあった方がいいに決まっている。
何かをしたいために、何かが必要になったとき、お金がなければそれを手にするまで始めることもできない、ということもあるからだ。

働くことで、お金を得ている。
その分失っているのは、かけがえのない時間だ。
大好きな「書くこと」のできる時間を失っている。それでも私には、お金を得なければいけない理由がある。
でも、その大切な時間を失っているときに、得ているものは、お金だけではない。
経験だ。経験したことがあるかないかで、私たちが生きている世界は、大きく変わってしまう。

新しい仕事を探すとき、やっぱり有利なのは経験がある人だろう。

恋愛小説を書くとき、本物の恋をしたことがない人より、たったひとつの恋をしたことのある人の書いたものの方が、心にぐっと迫ってくると思う。
小説に必要な仕事描写も、実際に経験した仕事内容かどうかで、かなり印象も変わる。詳細なところまで書く必要がない部分ならいいけれど、それが展開上必要なら、調べて得た知識よりも、経験はずっと大きな知識だ。


いつも誰かに恋をしていたいと思う。

あの人素敵! とか、その感情がアイドルに向けられるものであっても、一般の人に向けられるものであっても、その感情があるかどうかが、時間に彩りを与えてくれる。
その感情は、自分のパワーの源にもなるし、心をゆたかにしてくれる。

できれば、苦労したくない。
苦しい恋なんてしたくない。

だけど、苦しい恋を知っているからこそ、恋の幸せな時間を存分に味わい、大切にすることができるのだ。
その経験があるからこそ、人は優しくなれるし、強くも弱くもなれる。
書くことで描きたい世界も、この優しさと強さと弱さを知っているかどうかで、心に届くものが違ってくるだろう。
それは、書くときだけではなく、読み手として受け止めるときもそうだ。
共感できる文章に出会えたら、心はやっぱり救われるし、同じように感じている人がいるとわかるだけで、救われることもあるだろう。
理解できない文章に出会ったとしても、心がゆたかであれば、それをきちんと受け止めることができるだろう。

心のゆたかさは、お金では買うことはできない。
だけど、心のゆたかさを守るために、お金で買えるものはたくさんある。
仕事終わりに飲むビールも、1週間のご褒美に食べるプリンも、頑張ったからこそ得ることができ、気持ちを優しく包んでくれる。
大好きなアクセサリーも、大切なブックカバーに包まれたお気に入りの本も、そばに置いておくことで、心をゆたかにしてくれる。

時間だけがあっても、心は決してゆたかにはならないだろう。
削り取っていく時間の中には、幸せが生きているのだ。

書くことで、なにかを伝える。私はそんな風に書ける人になりたい。
心に響く、なにかを残せる人になりたい。
だから、削り取っていく時間の中で、私は心に添える宝物を探し続ける。

それは、ときに書くことで。
それは、ときに何かを得ることで。

2020.6.3

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。