065.陽水 [Tb テルビウム]

暗闇坂を歩いていると、井上陽水が首に巻きついてきた。

どれだけ剥がそうとしても剥れないので放っておいたのだが、おかげで声がすっかり気だるくなってしまった。どことなく妖気がまとわりつく。


私はちょっと面白がっていたのだけど、同僚はたいそう嫌がった。妙な気分になると言った。もう一緒にランチに行きたくないと言い出した。

仕方がないので私は陽水を剥がしてくれる病院を探した。近年あまり猛威をふるっていないためか、若い先生だと対処法が分からないようだ。私は上司に紹介された老医師の元へ向かった。


老医師は私を見ると、これは珍しいとばかりに眉を上げた。診察台の上に私を座らせ、頭を右を向けると背骨の上部あたりをポンと叩いた。すると陽水はするりと首から離れ、部屋の隅に逃げていった。昔はこれで命を落とした者もたくさんいる、油断せず早めに専門家に見せるようにと老医師は言った。


病院を出ると、声はすっかり元に戻っていた。同僚も満足だろう。しかしなぜか分からない。分からないのだが帰り道、私は泣いていた。

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