076.手塚治虫の母 [Os オスミウム]

真夜中、急に目が覚めた私は、手塚治虫の母が空中に浮かんでいるのに気がついた。母は冷蔵庫の振動音のようなものをたてて佇んでいる。


ぐお〜〜〜〜〜ん


私は布団を頭からかぶってやり過ごした。その振動音を聞いていると、体中の細胞がブルブルと震え出し、呑み込まれてしまいそうだった。布団越しでも振動音は伝わってきたけれど、だいぶ力が弱まったように感じる。


大丈夫だ。手塚治虫の母なんて大したことない。大丈夫だ。


私は自分に言い聞かせた。そうしてしばらく息を潜めているうちに、寝てしまったみたいだ。




朝になり、あれはいったい何だったのか考えた。

こんな事は人に相談できない。つまらない冗談だと思われるか、さり気なく病院をすすめられてしまうだろう。だから一人で考える事にした。

昨晩は確かに、手塚治虫の母としか言いようのないものがやってきた。本人ではなかった。それはつまり、フィクサー。影の黒幕ということだろうか?手塚治虫の、あの狂気じみた膨大な量の仕事を、裏で支えていた母胎?

私はブルブルっと身を震わせた。



夜になって、私はSNSの匿名アカウントに、昨晩の出来事について書き込んだ。誰も真剣に読みやしないだろう。それでも誰でもいいから、誰かに知っていてもらいたかった。いや、知っているかもしれない可能性だけでも残しておきたかった。

一人で抱えこむには、手塚治虫の母は重すぎた。

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