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進振りで理転した話

今回は、東京大学に特徴的な制度である進学選択(通称 進振り)における私の体験を書きたいと思う。完全に私自身の思考の整理のため、備忘のためであるので、一部個人的な話も含まれている。

私は東京大学に文科一類として入学し、進学選択で工学部システム創成学科Cコースに進学した。いわゆる理転である。

文系高校生だった私が、進振りで理系に進学するに至った流れを書き連ねていく。

東大文一になるまで

私は愛知県出身である。愛知県とはいっても名古屋の進学校ではなく、トヨタのベッドタウンの田舎高校に通っていた。

高2になるタイミングで文理選択があった。トヨタのベッドタウン出身である影響力は強く、理系=自動車メーカーか医者、と考えていた。どちらも興味がなかったので、それなら文系だろうと思って文系を選んだ。(今思えば恐ろしく視野が狭かったのだが、当時の自分には「会社員」「医者」「政治家」以外の職業は知らなかった、想像できなかったらしい。「会社員」にも無数の種類があるのに…もう少し親や先生と相談とかすればよかったのに…と思う。)

文系を選んだのには、もう少し積極的な理由もあった。「社会に影響を与えられる人になりたい、たくさんの人を幸せにしたい」という社会への意識があった。「何か大きなことを成し遂げたい」というぼんやりとした野望もあった。特に、とある「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見て、児童虐待をなくすための政策を作りたいと思うようになった。こうして文系の高校生になった。

時間は進み、大学受験を考える時期になった。「政治やりたい、官僚になりたいんだったら、『東大文一→法学部→官僚』のコースだね」と学校や塾の先生に言われ、東大が選択肢に入った。文一が日本の文系で一番レベルが高い!という情報もあり、野心が焚き付けられて東大文一を目指すことにした。田舎の高校出身だったとはいえ環境に助けられ、苦労しつつも東大に合格することができた。


読書に明け暮れた1S

こうして東大文一に入学した。待ちに待った楽しい大学生活だ!と思いきや、センター試験の頃から話題になり始めたパンデミックが直撃した。

なんとか2ヶ月ほど東京で生活してみた。しかし大学にも行けず、ただオンライン授業を受ける日々がなんとも退屈すぎて、6月ごろに愛知県に帰還した。そこからはとりあえず授業を受け、課題をやり、学生団体の活動をこなしていく日々だった。地元の友達とも頻繁に会っていたので、上京した感覚はほとんどなかった。実際愛知県で生活しているので、当然かもしれない。

なんともいえない生活を送っていたが、夏休み手前くらいに生活に少々変化が起きた。当時入っていた学生団体(Business Contest KING実行委員会。日本最大規模のビジネスコンテストを開催する団体。)の代表が、私たちメンバーに向けて読書を熱烈に勧めたことがあった。特に熱中していたこともなかったので、「時間もあるしやってみるか」と思い、地元の図書館とブックオフに入り浸る生活を始めた。ビジネス系の学生団体だったため、ビジネス書、コンサル本、思考法の本、教養本、啓発本など様々な本を読んだ。大学入学直後で、好奇心に満ち溢れていたので、読書にどっぷりハマってしまった。

中でも、「自分の興味分野をはっきりさせたい!」と思い、学問の入門書を読みまくった。有斐閣ストゥディア シリーズ(様々な学問の入門書)を片っ端からよんで、「この辺面白い」「この領域はそんなに惹かれないかな」と見当をつけて行った。今振り返ると、この入門書シリーズを読み漁ったのが後になって役に立った気がする。

特徴的なデザイン。本棚を見渡せばすぐ見つかる。

1Sと夏休み合わせて、様々なジャンルの本を合計70冊くらい読んだ。この読書量には自分でも驚いた。


法進が揺らぎ始めた1A

思えば、1Aの後半まで、理系に進むことなど考えていなかった。1Aの始めは「1Aで単位を回収しきって2Sを楽にしよう」と15コマ履修した。こうしてとりあえず授業と課題をこなしていく生活が再びはじまった。

とはいうものの、語学の対面授業がはじまったため再び上京し、同クラの友人に会う機会も増え、「やっと大学が楽しくなってきた!」と思えるようになった。授業をこなす生活にもそれなりに満足していた。

授業以外にも、先ほどの学生団体の執行代になったので、かなりコミットして充実感を得ていた。素敵な仲間と共に、自分たちなりのイベントを作り上げる経験は非常に面白かったし、大切な思い出になった。

ところが授業をこなしていくうちに、「法学の授業、面白くないな…」と思うようになった。

面白く思えるような努力や工夫を怠ったわけではない。有斐閣の法学入門書を何冊か読んだ。教授のオフィスアワーにお邪魔し、法学の魅力や法律家としての生活を語ってもらったりした。履修していた授業の予復習は欠かさなかった。薄い入門書でなく、重厚な専門書であればいいのかもしれないと思い、2Sでやる予定の民法、刑法、憲法の参考書を先取りして読破した。

それでも何か微妙に面白さを感じられなかった。政治学は面白かったのだが、法律はどうにも続けられる気がしなかった。次第に、「本当にこれをあと2年半やれるか?やりたいと思うか?納得して勉強できるか?」と思うようになった。

「とりあえず法学部に進学して順当に就活すればいいんじゃない?」
…いやいや、せっかく高いお金払って東京に出てきて、いい大学に来ているのに、ただの就活予備校にはしたくない。

「まぁ進学したら面白くなるよ、ゼミとかあるし。」
…本当に?そうだったとしても、もっと積極的で腹落ちした理由を作りたい。

「官僚になるって言ってなかったっけ?」
…それは…まぁそうですね…

などなど、期末試験の勉強をしながら親や友人、先生と話したり、自問自答したりを繰り返していた。そうして1Aの12月頃に「法学部、微妙かも。」抱いた直感は、1Aの期末試験が終わる頃には「法学部にはいかない!」というはっきりとした確信に変わっていた。

「それならどこに行く?」
…まだ決めてない…

こうしてやっとまともに進振りについて考えるようになり、UT-BASEさんの学部・学科紹介を漁り始めた。少し遅かった…かもしれない。


理系に傾いてきた春休み

期末試験が終わり、春休みになった。具体的に脱法(文一の人が法学部ではない学部に進学すること)を考え始めた。

法学部以外だったらどこだろう、と思い、自分の興味分野を整理した。ここで、1Sの頃の大量読書が活きてきた。読書の記録や今までの授業を振り返ってみると、特に面白かったのは以下の分野だった。

  • 国際政治学

  • 計量経済学

  • 経営学

  • データサイエンス

  • 機械学習・深層学習

これらが勉強できそうな学部学科はどこか?と探し始めた。先輩のツテがなかったので、自分で必死に調べた。今思えばもう少し先輩の話を聞く努力をすればよかったかもしれない。そもそも進振りの制度もよくわかっていなかったので、遅いのは承知で『履修の手引き』や『進学選択の手引き』を読むようになった。

読んでいく中で、進振りでは理系に行くことができることを再認識した。(そもそもそういう制度じゃん、というツッコミは置いておいて)

でももう2Sになるし、理転は流石に遅すぎるかな?

…全くそんなことはなく、要求科目や要望科目は確かにあるが、それでもまだ十分間に合う学科もあるではないか!それに、要求科目を設定していない学科もたくさんあった。
この時、自分の中で突然「理系」という選択肢が登場したのを覚えている。

理系への漠然とした憧れ

私の中で、「理系」は特別な意味を持っていた。

私には東大受験を一緒に乗り越えた高校同期がいる。中学からの友人で、同じ高校、大学に進学した友人である。一緒にいることが多かったが、文理選択で彼は理系を選択し、私は文系に進んだ。互いに切磋琢磨しながら、私は文系のトップ、彼は理系のトップを走り続けた。

彼は「ザ・理系」というべく、数学と物理がそれはもう最強であった。勉強はもちろん、人間としても「敵わんな〜」と思える、本当に尊敬できる人である。今でもずっと尊敬している。会うたびに痛気持ちいい刺激をもらえる。

自分には持っていないものを持っている人を見ると憧れてしまう癖なのだろうか、高校の理系のトップであり続ける彼にとても憧れていた。彼のすごいエピソードはたくさんあるが、私の中の「理系」に対するイメージや憧れは、まさに彼によって構築された。この「理系」に対する漠然とした憧れは大学に入ってからも止むことはなかった。

理系的素養の必要性

他にも、大学に入ってから「理系」に対して思うことがあった。

それは、「果たして法律や政治のことしか知らない人が政治家や官僚になったとして、現代社会で価値のある政策を打つことができるのか?」という疑問である。

1Sから継続してきた読書で、どうやらテクノロジーの時代がやってきていることはなんとなく理解した。機械学習やディープラーニング、ブロックチェーン、サイバネティクス、ニューロサイエンス、ARやVR、EVや自動運転など、数えきれない変革が起こっている時代らしい。

「テクノロジーを知らない政治家に、社会に必要とされる政策を作れるのか?」
自分の中の仮説は、否、だった。

「テクノロジーの時代に、理系的素養を少ししか持たない人が生み出せる価値は少ないだろう。それなら大学生の今、少しだけ寄り道して、理系の専門家になってから政策に関わるのはどうだろう?
このような仮説の下、自分に似たモデルケースがないか探し始めた。

理系政策人材の存在

「理系に行ったら、やりたいって言ってた政治はできないんじゃない?」
…そうかもね。でもやってみないとわからないじゃないか!
高校の頃から私のやりたいことは一貫して政策に関わることであった。

リサーチを進めていくうちに、「どうやら理系の専門家は政策に関わることができるらしい」ことがわかってきた。

1つ目のモデルケースは東大の松尾豊教授。深層学習の研究にとどまらず、その技術を活かしたスタートアップエコシステム(いわゆる本郷バレー)の構築に取り組んでいる。政策に関しては、以下のようなポジションを持っているらしい。

  • 経済産業省 産業構造審議会 新産業構造部会 構成員

  • 内閣府「人間中心のAI社会原則検討会議」構成員

  • 総務書「多言語音声翻訳高度化のためのディープラーニング技術の研究開発」アドバイザリーメンバー 座長

  • 金融庁「フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議」委員

「いや、すげ〜」というのが正直な感想であった。
AI関連の政府資料を読み漁ったら、大体松尾豊いるじゃん…すげ〜。

2つ目のモデルケースは、マッキンゼー出身、ヤフーCSOの安宅和人さん。名著『イシューからはじめよ』の著者で、イェール大学脳神経科学PhDを取得している。政策に関しては、以下のような関わり方をしている。

  • 総合科学技術・イノベーション会議専門委員

  • 内閣府デジタル防災未来構想チーム座長

  • 教育未来創造会議委員

  • 新AI戦略検討会議委員

これまた「いや、すげ〜」である。そこまで深く関わっているのか。

他にも、著書『シン・ニホン』では、政策への深い洞察と提言を行っている。この本は理系のプロフェッショナルとして政策に関わる姿の解像度をグッと上げてくれた。ブログと合わせて、何度も読み返している。

松尾豊教授と安宅和人さんの二人とも、自分の専門分野での活躍を評価されて政府の委員会に呼ばれ、その委員会で「こっちに進もう」と言ったら、政府の方針もそちらへ進んでいるのである。このように、理系でも十分に政策に関わり、強烈なバリューを発揮できることを確信した。


まだまだ迷っていた2S

「進振りに必要な単位は1年のうちに取り切ったし、2Sは暇にして学生団体やサークル、インターンを頑張るか!」

…と思っていたが、春休みを経ても進振りの選択は定まらなかった。というより、免許合宿や帰省、旅行なりで春休みがあっという間に過ぎてしまい、考える時間があまり取れなかった。

4月頭の時点で、学部学科の候補は以下のような感じであった。先ほど散々理系に対する憧れや思いを書いたが、理系に行こうと決断してはいなかった。

  • 法学部(ほぼない、滑り止めにしよう)

  • 経済学部(普通の就活するならここかな)

  • 工学部システム創成学科Cコース(情報科学×ビジネスがアツい)

  • 工学部社会基盤学科(インフラだから政策と結構関わってそう)

  • 工学部計数工学科(サイバネティクス、金融工学かっこいいな)

このように、理系の選択肢が十分にあったので、万が一理系に行きたくなったときの準備をしておこうと思い、理系科目を履修した。というものの、文系高校生だったので、線形代数はおろか、数Ⅲも物理も勉強したことがなかったのでかなり苦労した。友人に助けてもらいながら、知り合いの理系高校生が使っていた青チャート、物理のエッセンスあたりを購入して勉強を進めた。ということで、2Sは全く暇ではなくなった。涙。


以下は理転のために履修した科目である。
本質的ではないが、参考程度に書いておく。

  • 力学B

    • 他学部履修の登録の必要あり。高校ぶりの数学物理は難しかったけれど、本当にわかりやすい先生で助けられた。物理基礎から微分方程式まで教えてくれた。受けてよかった授業No.1。

  • 数学Ⅰ

    • 点数を落としたくないので聴講。ε-δ論法とかわかんね〜。雰囲気だけ掴んだ。

  • 基礎統計

    • 点数を落としたくないので聴講。確率変数って何?雰囲気だけ掴んだ。

  • 主題科目 ものゼミ(アイデアを形にするモノづくり体験〜ロボットから家電まで〜)

    • この授業は非常に刺激的でよかった。理系の人たちが活躍する姿をかっこいいと思った。発想力で負けていなくても、それを実装する力は到底及ばなかった。班のメンバーが本当に楽しそうにモノづくりに取り組んでいたのが印象的だった。仲良くなった電情志望の友人に、理転の相談もさせてもらった。受けてよかった授業No.2。

  • 主題科目 工学研究の最前線を支える実験装置を体感・体験する

    • いろんな研究室見学をさせてもらった。駒場Ⅱキャンパスや柏キャンパスの大規模実験装置を目の前に見た。「東大って研究する環境はやっぱり整っているのだなぁ」と実感した。受けてよかった授業No.3。

他にも、ヨビノリの動画を見て線形代数と微分方程式を自習した。
ヨビノリありがとう。


こうして2Sも授業と学生団体とバイトで忙しくしていた。特に理系科目は友人に聞き回って助けてもらっていた。先ほどの高校同期にも何度も相談し、救ってもらった。助けていただいたみなさん、本当にありがとうございました。

ある程度数学や物理がわかるようになってきても、進振り先は決まらないらしい。
6月の段階で家族に送ったLINEはこの通り。

だいぶシスCに傾いているが、まだ迷っている。
法学部に行くと思っていた両親は驚いていた。

シスCに決めた夏休み

期末試験が終わり、夏休みになった。いよいよ進振りのスケジュールが迫っていることを実感した。決断の時が来ていた。

自分のなりたい将来像を解像度高く考えた。ずっとやりたかった「政策に関わる」という目標を、「政治家や官僚」になって達成するのではなく、「機械学習やデータサイエンスの専門家」になって達成することを決意した。

このタイミングで、工学部システム創成学科Cコースへの進学を決めた。
理由はいろいろある。

  • 情報科学、社会、経済、国際系が各分野7割ずつくらい学べるカリキュラムらしい(ココが一番魅力的だった)

  • ビジネスとエンジニアリングの連携に重きを置いている

  • いろんな教授の評判も悪くない

  • 学生の雰囲気が工学部の中でもいい

  • 他学部・学科履修がたくさんできる

  • 就職先も比較的良さそう

※実際に進学したらわかるが、これらは半分本当、半分嘘であった。ぴえん。内部の人へのリサーチとヒヤリングは大事!

現実的な話をすると、進振りの点数が足りたのも大きな要因であった。

進振りは基本的に成績が高い人から希望の学部学科に配属されていくことになっている。文系から工学部に進学するためには、理系の学生のための「指定科類枠」ではなく、文理問わず全学生が応募可能な「全科類枠」に引っかかる必要がある。私の年の全科類枠はわずか5人程度であった。

進振りの第一段階の本登録の前に、志望者の中の自分の順位がわかるようになっている。授業を真面目に取り組む性格のおかげか、シスCの全科類枠の中に順位が収まっていた。点数が足りていて、せっかく行けるチャンスがあるならば、逃してはならないと思った。(語学を勉強するのが好きだった、点数が取りやすいスペイン語だった、外出制限で課外活動があまりなく、教科書や参考書を読む時間が多かった、テスト勉強を割と真面目にやった、などあって点数は高めだった。語学の点数で決まる!と周りの理転の友人も口を揃えて言っている。)

とはいえ、将来像を高く考えても、人と異なる選択をするのはやはり少し怖かった。

「進学してから興味あると思ってたことが面白くなかったらどうする?だって法学はそうだったじゃん」
「数学物理で詰んだら?留年するよ?」
「絶対にいい成績は取れないよ?」

それでも、最後は心がワクワクする方へ向かうことを決めた。

「なんとかなる、いや、なんとかする!」
「人生長いし、おそらく100歳くらいまで生きるし、多少寄り道してもいいじゃないか!(?)」
「受動的に人と同じ道を進む方が怖い!」

こうして悩みに悩んだ進学選択は、工学部システム創成学科Cコースを第一志望として登録した。
ありがたいことに、第一段階で内定をいただけた。

助けてくれたみなさんに喜んでいただける報告ができました。

長い戦いがやっと終わった気がして、ホッとしたのを覚えている。
同時に、「みんなと同じスタートラインに立ってもいないのだから、これから頑張らなきゃ」と自分を奮い立てた。
幸い、同じ学生団体の友人たちや宇野ゼミの同期が数人いたり、同じく理転の仲間がいたりと心細い環境ではなかったのが救いだった。

終わりに

現在、3Sが終わろうとしている。文一からシスCに進学してみて、非常にいい選択をしたと思っている。授業自体も面白いものは面白く(その逆も然り)、学科の人たちも明るく活発で、たくさんの刺激をもたらしてくれる。この進振りに、全く後悔はない。

「法学部にはいかない!」と決めていたが、法学部でも充実してやっている人はいるし、自分が考えていたほど砂漠でもない話も聞くし、やってみないとわからないことだらけだなぁと思っている。

シスCに進学してからのことはまた別の機会に書きたいと思う。想像と現実のギャップがあることや、自分の進路に現在進行形で悩んでいるので、まとめて書く。

思考の整理と備忘のために書いた文章が、思いのほか長くなってしまいました。
後輩の進学選択の参考になれば嬉しいです。
読んでいただきありがとうございました。


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