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役者と舞踊家

まめリス様の妖怪のお話で、ついお話したくなりました。☺️
まめリス様の記事です👇

現代の妖怪も登場して面白かったですよ🎵
お話したかったのはその中の安達ケ原の鬼婆のお話です。

鬼女岩手が鬼と化した悲しいお話です☝️

この伝説を土台にして能や歌舞伎で演じられています。
歌舞伎、謡曲(観世流は安達が原)は「黒塚」人形浄瑠璃は「奥州安達が原」のお題です。


私はその昔日本舞踊をお稽古していたからか、歌舞伎も好きで良く歌舞伎座に観に行ってました。
ある時、友人が猿之助さんは今回の歌舞伎座公演を最後にして黒塚は演さないというニュースを持ってきました。

さぁ、大変!観なくちゃ\(゜ロ\)(/ロ゜)/

と、慌て😵💦ましたが2人の日にちが合わず、モタモタしていたら歌舞伎座公演 THE END😂

で、観光がてら京都の南座まで行きましたよぉ~😆

あっ、この頃の猿之助さんは三代目です。
それはそれは素晴らしかったです❤️❤️❤️
鬼女岩手の落胆、悔しさ、無念さが私の心に突き刺さります😞

ご存知の方も多いと思いますが少しだけ「黒塚」の内容をお話させて下さい。

これは岩手が我が子恋衣(こいぎぬ)を我が子と気付かず殺めてしまい、その衝撃から気が狂い鬼女となってからのお話です(まぁ、そうなる前も私達にはあり得ないお話ですけど)。

山で暮らす老女岩手は巡礼旅の僧侶祐慶一行に宿を提供します。
か細い歌声まじりに糸車をくるくる回しながら祐慶に身の上話などをします。

「これまでの人生、あさましい思いばかりにとらわれた日々だった・・・・・。こんな私にも、極楽往生は叶いますか?」と不安げに岩手は問います。

「心の持ち方一つでこの世もあの世も、平穏な時間に満ちたものになりますよ」と祐慶は優しく応じます。

岩手は救われたような気持ちになり、彼らが暖をとるための焚き芝を刈りに山へと向かいます。
その出掛けに「あの寝屋をどうか覗かないで下さい」と硬く約束してもらいます。

しかし「見るなと言われると見たくなるのがこの世の道理」とお供で来た強力(荷物持ち)がこっそり開けると・・・・・・

そこには死人の骨が山のように積まれていました。
岩手の正体は、これまで数多の旅人を餌食にしてきた人食い鬼だったのです。
「うわああーっ」悲鳴もろとも腰を抜かす強力。


同じ頃、裏切られたとも知らずに岩手は、月光が美しく注ぐ薄の原で、えもいわれぬ幸せを噛み締めていました。
こんなにも残忍な鬼の正体のワシに、あのお方達は光を照らしてくれた。希望を与えてくれた・・・・・
月明かりを浴びながら、いつしか岩手は童心に帰っています。童歌に身を委ねるように、無邪気だったあの頃を思い出すように、喜びいっぱいに踊って、踊って、踊っているところへ

血相を変えて逃げて来た強力に遭遇し、正体がばれたと気付いてしまった岩手は落胆して鬼の形相を表し祐慶一行を追い回すが、一行によって祈り伏せられ闇の中に消えていく。

おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑より(少し部分変えました🙇)

◎仏説に感動して喜んだあと、死体を見つけて逃げ出した僧侶達に落胆して、怒りのあまり鬼になるという起伏のある展開はおもだかや(漢字が出ない😅)自身の発案だそうです。

三代目猿之助さん

ここからが見せ場ですよね❗
月の光を浴びながら自分の影と戯れているように、気も晴々と楽しそうに軽やかに踊りに踊っているその薄の原に岩手の岩屋から逃げ出した祐慶一行が走り込んで来ます。強力達の顔を見て岩手は自分の正体がバレたと察知します。

岩手は落胆し無念と悔しさのうちに

「いましめの閨(ねや)の内、残らず見たであろうが」

と呻きながら負っていた柴を投げ捨て!

「アラ憎や、腹立ちや。そしも頼みし聖にさえ、偽りのあるからには、発願(仏に願い祈ること)もこれまでなり

と鬼の形相を表します。

この時の岩手のせっかく善人になろう、なって仏様に頼ろうとした気持ちが、祐慶達に裏切られたのです。その落胆、悔しさ、無念さ、悲しさ、全てのものが岩手を襲います。

鬼になった岩手

そしてその落胆、悔しさ、無念さ、悲しさ全てのものがごちゃ混ぜになり客席にいる私の胸ぐらを掴んで慟哭するんです。

くやしいぃ~、くやしいぃ~~くやしいぃ~


猿之助さんの演技力に感動しました。

それ以来、私の中では「岩手は可哀想」の思いが残っています。



それから少し後に現花柳寿応さんの「黒塚」を拝見する機会を得ました☺️

今回、流れるなってしまいましたので続きとして後程お話させて下さいませ。


祐慶一行との大立まわりです


いつも最後までお付き合いして頂き感謝しております。

有り難うございます。







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