初めて薬を飲んだ日

美智子の家にはいつも医療用器具や薬がたくさん保管してあった。
それは父の仕事上致し方ない事であり
美智子にとってはそれが当たり前だった。
勉強熱心な美智子は、自分がけがをした際も父の施術をしっかり見ていた。
包帯の巻き方も父を見て覚え、まだ世間に周知されていないずいぶん前から
「湿潤療法」も自分で行っていた。
毎日見るという事は何よりも学びにつながる。


前述したとおり交通事故の影響が一番強く、中学から高校のあたりの記憶はほぼ無い。それ以降も断片的にしか記憶がないので
覚えている範囲で残しておこうと思う。
覚えている範囲といっても、それもまた「他人事」のような記憶の残り方なので、いまだにおかしな感覚ではあるのだが‥‥。

中学2年頃の夏、美智子は非常に疲れていた。
中学校はエスカレーター式で小学生の頃のイジメのリーダーもそのまま上がってきた。しかし一部外部受験もあったため、外部から勉強をして入学してきた「頭のいい」子たちもいた。

美智子は中学生になってはじめて「友達」ができた。
その外部の子達だ。しかし、入学して1週間もたたないある日突然
クラスのみんなに無視をされるようになった。

不思議に思っていたが、慣れていたのでスルーしていた。

すると数日後遠く離れたクラスの子が美智子に話しかけてきた。
「ねぇ、美智子って貴方?すごい噂を聞くんだけど」
開口一番その子はそう言った。

話を聞くと、口にするにもおぞましい噂が流れていた。
結局美智子と同じクラスになった小学校の時のイジメのリーダーが
美智子に友達ができるのが気に入らなかったのだろう。

その子は言った。
「でも、私、美智子って人しらなかったし話したことも無かったし。
噂だけで判断したくないから話に来た。」

そこから美智子たちは少しずつ話し始めた。
クラスは離れているが、休憩時間や帰宅中にはなした。

それでも他の子たちはほとんんどが美智子をあざ笑い無視していたので
美智子はその子に「私と話をしていて、いやじゃないの?」と聞いてみた。

その子は「別に?話したら噂と全然違う人だってわかったし、あんな噂ほっとけばいいよ。言いたい人には言わせればいいよ。私は美智子の事わかってるからいいんじゃない?」

そうして、美智子とその子は友達になった。
その子は学年1位の秀才だったのもあり、またその子の周りには同じような考えの子が数人いた。美智子はそのグループにいることになった。

面白く感じない人間も多くいたが、それでも中学生になってそれぞれが美容やおしゃれや恋に夢中になりはじめ、小学生の頃のような陰険なイジメはなかった。

それなりに平和だったと思うが、家庭内は相変わらず居場所がなく
美智子は疲れていた。

そんな夏休み、ふと家にある薬箱を開いた。
そこには「ハルシオン」という名前の銀色の包みにくるまれた薬があった。
当時ラジオでそんな題名の歌が流れていたので名前だけは聞き覚えはあった。

それを飲んだら楽になるのかと、ちょっとゆっくり眠りたい気持ちと
興味本位から美智子は1錠飲んでしまった。

そこからはしばらく記憶がない。
どうも2日程眠りこけていたようだった。
母はパニックになったが、大ごとにしたくなかったのか「そんなものは家には無い」と言い張っていた。

結局美智子が起きなくても、誰も心配もしないし怒るだけかと
美智子はさらにげんなりした。
毎日この薬が飲めたらゆっくり眠れるのになぁと思った。

それでも、その薬はその後置き場所を変えられたようで
二度と美智子が手にすることはできなかった。

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