モモコのゴールデン街日誌 「紫陽花」
「ハネムーン中ですか?」
最初は冗談半分に聞いていた。
ソワレに訪れる海外からの若いカップル客には、気まぐれにそんな質問をブッ込んでみる。
ASAKUSAでOMIKUJI引いただの、GINZAでSUSHIたべただの、どの観光客とも同じ話しばかりしていると、こちらもつまらなくなってくるからだ。
ちょいと顔でも赤らめさせてやり、
「いやいや、そういうわけじゃないんだけど笑」
と、ふたりでモジモジして照れてくれでもしたら、お酒の場が盛り上がるだろう、という算段だ。
しかし、これがことごとく当たるのである。
質問をしてみた10組中8組のカップルが本当に新婚さんなので、逆にこちらが驚く。
意外にも海外からの新婚旅行は多い。
そのうち、カウンターに座っただけで、ピンとくるようになった。
なぜすぐに分かるのかというと、ハネムーンカップルの女性というのは、圧倒的に美しいからである。
しかし、美しい女客は、他にもたくさんいる。新婚さんの女だけが、目鼻立ちやスタイルがずば抜けていいわけでもないし、高級なドレスを着ているわけでもない。
それなのに、ぶっち切りの綺麗さなのだ。全体が発光している。店に入ってきた瞬間から感じる。
これはいったい、どういうエフェクターなのだろう?
おそらく、こういうエフェクトのことを、世間では「幸せオーラをまとっている」とでも表現されるのだろう。
しかし、である。
私は常々「オーラ」なんていうものは、ありきたりでよく分からない思い込みだと思っている。
何かもっと物理的な理由があるはずなのだ。
というわけで、カウンターの中に立つ者の特権として、女たちをじっくりと観察してみることにした。
まず気がつくのは、ハネムーン女子は、ジャストサイズの服を着ているということだ。
「ジャストサイズ」というのは、もちろん今、若い人の間で流行りのオーバーサイズではなく、かといってセクシーに見える “ぴたぴた” でもない服のことだ。そう、上品なサイズなのだ。
例えば、その夜、ロンドンから来たハネムーンカップルの女子は「さっき新宿のZARAで買ってきたばかりなの」という雰囲気の、気取らないワンピースをさらりと着ている。
生地はコットンで、青い花模様のプリント。膝下くらいの丈。デザインも、なんてことないカジュアルなものだ。髪は黒いヘアゴムで、高すぎない位置に、ひとつに纏められている。
それなのに、他の女より際立っており、いわゆる “オーラ”をモノにしている。
一見すると、ZARAに見えるこのワンピースは、絶対にZARA でも、H&Mでも、東京で購入したわけでもないはずだ。控えめだけれど、上品に、可愛く、セクシーにみえる「ジャストサイズ」のワンピースを、ロンドンからスーツケースに入れて持ってきたはずだ。
本国で、何度も試着して選んだにちがいない。きっとラルフローレンかなにかのブランドものだろう。自分の顔が映える色、皺にならない素材を厳選したはずだ。
ちなみにこれは私の勝手な妄想であり、決めつけである。
しかし、そう思いたくなるほど似合っており、旅する女の軽やかさが完璧に演出されているのだ。
もうひと組、スペインから来たというハネムーンカップルが、カウンターに座る。こちらの女子のほうは、明るいエメラルドのようなグリーンの「カシュクール」タイプのワンピースだ。
「カシュクール」というのは着物やバスローブのように胸の前で斜めに閉じて巻きつけるタイプのワンピースのことで、ウエストに紐が付いており、それを腰で結ぶ。ブランドでいうと、ダイアンフォンファステンバーグのものが有名である。
つやがあるので、素材はシルクかもしれない。だが、生地の光沢は抑えめで、いかにも「おしゃれをがんばり過ぎた感」はなく、ゴールデン街に居ても浮くことなく、馴染んでいる。
「さっきシャワーを浴びたあと、彼がSHINJUKUにお酒を飲みにいこうっていうから、急いで着て来たの」と、でもいわんばかりの、「ゆるい都会のヴァカンス感」が演出されている。
胸元を強調させながらも、けして下品にならず、セクシーに見えるのが、この「カシュクール」タイプの本領である。
この女性もそれを計算して、厳選したものをスーツケースに入れてきたはずだ。
もちろん、これも私の勝手な妄想である。
「あなた達もハネムーンなの?こちらもそうなんだって!」
と、カップル同士を紹介してあげると4人で盛り上がりはじめた。
ロンドンカップル:
「私たちふたりとも、ずっと行ってみたい国だったの。ハネムーンは絶対に日本って決めてたのよ。ね?」
「コロナ禍中に婚約したから、日本に入国できるようになって、ラッキーだったね」
スペインカップル:
「まあ、あなた達も?私も日本の風景やカルチャーや子供の頃から憧れていて大好きだったの!」
「いや、僕の方はね、以前は日本のことはあまり知らなかったんだけど、付き合っている頃から彼女が、
アニメや音楽とか、その素晴らしさを教えてくれてね。おかげで今、素晴らしい旅をしているのさ」
とかなんとか言って肩を抱き、見つめ合う新婚さんたち。
目の前のカウンターの中に立っているわたしは、幸せっぷりを見せつけられて、頭がクラクラしてくる。
わたしが「新婚さんいらっしゃい!」の桂三枝だったら「オヨヨ〜」と言いながら、丸椅子ごと床に転げるところだ。
自分用にカンパリソーダを作る。飲まないとやってられない。
ちなみに、女性ならよく分かると思うが、この「軽やかに見える気取らないジャストサイズのワンピース」というものは、実は着心地が良いかというとそうでもない。
本当に着心地のよいワンピースというのは、さっきから奥のテーブル席で、レモンサワーをふたり合わせて10杯以上飲んでいる女たちが、お揃いで着ているやつである。
アイルランド人の女子2人組で、幼なじみだという。5杯くらい飲んだあたりから、同じく幼なじみらしいゲイの男の子も店にやってきて合流したところだ。隣りに座っている日本人のおじさんも巻き込んで、大盛り上がり中だ。
彼女たちの服は、本当にさっき新宿のZARAで買ったものかもしれない。
ストレッチの効いた柔らかい素材の、ウエストの切り替えのない、いわゆる「ストンと着るタイプ」の「チュニックワンピース」というやつだ。色は黒である。
「ああ、お腹すいた!これからRAMENを食べにいかない?」と、はしゃいでいる。
分かる。ジャストサイズのワンピースで、シメのラーメンを食べるのは苦しい。
そう、本当に楽ちんなワンピースとはこっちだ。さらに黒い服なら、酔っ払って何かこぼしたって、ホテルの洗面台でちょっと洗えば、またすぐに着られるわけだ。
陽気なアイリッシュガールズたちのメイクもかわいい。太めに引いて目尻を跳ね上げたキャット・アイライン。ネイルはラメの混ざったミッドナイトブルー。綺麗なグラデーションになっているので、おそらくシールタイプのジェルネイルで、簡単につけ外しできるものだろう。
全体的にトレンドもおさえていて、似合っているが、彼女たちには、ハネムーン女子のような “オーラ” はない。
ちなみに、ハネムーン女子はこういうメイクはしない。ナチュラルメークである。
詳しくいえば「ナチュラルに見える手の込んだメイク」である。「幸せすぎて内側から肌が輝いている」ように見えるのは、高級なグロウファンデーションの下地をしっかりと叩きこんでいるからだ。
もちろん、これも、わたしの勝手な妄想であり、決めつけだ。
カウンター内の狭いスペースでは、桂三枝のリアクションが出来ないのだ。ちなみに、今の司会は、藤井隆だ。テレビを見ていないから分からないが、藤井隆も床に転がるのだろうか?
そんなことを考えていると、韓国人の女子2人組が入ってきた。片方の女の子は日本語が堪能で、日本がまだ平成だったころ、とある会社の東京支社に数年間勤めていたという。
柔らかい生地の大きめの白いシャツを、スタッズのついた太めの皮のベルトできゅっと絞っている。ボトムは薄いグレーのジーンズ。胸まであるロングヘアーを下ろしている。いかにも仕事が出来る女の休暇という感じ。
「お姉さん!曲をリクエストしてもいい?」
日本に住んでいた頃の思い出の曲を聴きたいという。
「もちろん。なんにする?」
「宇多田ヒカル、お願いします〜」
早速、iPhoneに溜めている「ゴールデン街リクエスト」というプレイリストを親指で繰る。リクエストが多い曲は、すぐに取り出せるようにしてある。
すると、韓国人女子はすかさずこういう。
「『First Love』以外でよろしく!」
なんと、意表をつかれた。ちょうどかけようとしていた曲だからだ。なんでか知らないが、ソワレでは深夜に宇多田ヒカルをリクエストする男性が多いのだが、だいたいこの曲をかければ喜んでくれる。以前も書いたが、傷ついた男心を癒すための処方箋のような曲らしい。
「オッケー!でも、なんで『First Love』以外なの?」
「だって、あの曲、女々し過ぎるでしょ! あ、で、その次はX Japanの『ENDLESS RAIN』をお願いしま〜す!」
わたしは「了解!」という代わりに親指を上げながら、彼女たちにウインクし、心のなかのXジャンプをキメたのであった。
ところで、新婚カップルの女は、着ているもの以外にも、その振る舞いにも共通点がある。これについては次回書きたいと思う。
(つづく)
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すつぴんを晒しアジサイ咲きはじめ
夜桃
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