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『ウマ娘 プリティーダービー』:奇跡の名馬の物語(前編)

結婚して親となり、子供が成長してきた頃、思わぬ形で親子の話題が合致したことがある。それが『ウマ娘』のトウカイテイオーだ。「事実は小説より奇なり」の典型ともいえるこの物語について、あの時代を知らない人に、少しでもリアルな空気感を届けられればと思い、今回取り上げたい。


ダービーの衝撃

『ウマ娘』という作品の存在を子供から初めて聞いたときはその造形とストーリーに驚愕した。しかも、主人公はトウカイテイオーだという。マジか!お父さんが一番好きな馬だよ!!有馬記念優勝のぬいぐるみは30年たった今でも大事に持っている。

第38回有馬記念優勝・トウカイテイオー号

私が競馬を熱心に見ていたのはトウカイテイオーのダービーから、サクラローレルの天皇賞(春)まで。つまり、1991年から1996年なので大した期間ではない。この期間にも名馬と呼ばれる競走馬はたくさんいたし、その後も例えばアーモンドアイのような化け物じみた名馬がいたことも知っている(というか、最近知った)

それでもトウカイテイオーは特別だ。初めて真剣に観戦したダービーで、私はトウカイテイオーの走りに衝撃を受けた。

「そうか、これが天才ってやつか」

競走馬は芝やダートの走破能力という明確な基準で競い合っているので、その結果が意味する事実はとても残酷だ。
努力では越えられない絶対的な才能の違い、卓越した才能から生み出される圧倒的な力、私のような凡人の心を深くえぐる絶望感とその先のカタルシス、こうした複雑な感情をかき立てる存在がトウカイテイオーだった。

ダービー アニメシーズン2・第1話より

無敗で臨んだ春の天皇賞、メジロマックイーンとの対決は『ウマ娘 プリティーダービー Season 2』で描かれたとおりだが、レース当日までの異様な盛り上がりとファンの高揚感までは表現し切れていない。残念ながらアニメを見ても当時を知らない人には「世紀の対決」の雰囲気は伝わらないだろうと思う。やはり、その場の空気は時間と共に失われてしまうものだ。

レース結果はご存じの通りで、トウカイテイオーの敗因も様々に語りつくされているので付け加えることはない。そして、レースで勝ちに行って力及ばなければ大きく沈むのは避けられない。最初から2着、3着狙いだったら別の結果もあっただろうが、トウカイテイオーがそんなレースをするはずもなく、5着という結果には特に意味はないと私は思う。(ナイスネイチャの悪口ではありません)

天皇賞(春) アニメシーズン2・第5話より

天皇賞以降の激走

この天皇賞も含め、トウカイテイオーのその後の戦績は多くないが、極端な激走をする競走馬に変わった。これもよく知られていると思うが、トウカイテイオーの戦績にどれほどムラがあったかというと、

  • トウカイテイオーが負けたレースはすべて1番人気だった

  • 1番人気でないレースは全部勝った

これに尽きる。
そうした激走の末の勝利に、史上最強メンバーがそろったといわれたジャパンカップ、そしてあの有馬記念がある。だからこそ、記録にも記憶にも残る名馬になりえたのだと思う。

名馬の定義は様々だ。トウカイテイオーのGI4勝は長い競馬史からすれば特別な戦績ではない。しかし、競馬界でもっとも価値あるレースがダービーであるからには、日本では府中(東京競馬場)の芝2400mで強い馬こそが価値ある競走馬だ。それはつまりトウカイテイオーのことだ。

当時、日本ダービーとジャパンカップの両方(いうまでもないが、どちらも府中の芝2400m)を勝った馬はシンボリルドルフとトウカイテイオーしかいなかった。その後も数えるほどしかこの偉業を成し遂げた馬はいない。トウカイテイオーはGI勝ち星だけでは測ることのできない名馬の中の名馬だったと思う。

有馬記念に臨むファンの心境

最初の有馬記念で惨敗した後、トウカイテイオーの復帰は遅れに遅れた。安田記念を目指すという話があったかと思うと、いや宝塚記念だ、やっぱりダメなので秋の天皇賞だと時間だけが過ぎていった。

これまでも故障が多く、今も調子が戻らないという情報が流れてくるにたびに「もういいから引退してくれ」と私は思うようになった。レース中に大きなケガがあれば取り返しがつかない。私も含めて、ただただテイオーの無事だけを願うのが多くのファンの偽らざる心境だったと思う。
それでも、有馬記念に出るという。一年ぶりだ。何ができるというのだろう。

2度目の有馬記念、1番人気はビワハヤヒデ。菊花賞をレコードで制した後、ジャパンカップを辞退してまで有馬記念のために万全の態勢を整えた。トウカイテイオーは4番人気。しかし、テイオーがらみの馬連オッズは高く、「やっぱりトウカイテイオーはだめだろう」というファンの率直な評価をそれらのオッズは表していた。

しかし、そんなファンの心配や評価をよそにトウカイテイオーは勝利した。これはアニメでも描かれた通りだ。4コーナーからの激しい競り合い、ゴール前の凄まじい切れ味、ビワハヤヒデにとっては相手が悪かったというしかない。
そして、これまたよく知られているとおり、前回出走から1年ぶり(中364日)の長期休養明けGI勝利の記録はいまだに破られていない。おそらくもう破られることはないだろう。

有馬記念 アニメシーズン2・第13話より

トウカイテイオーの強さの秘密

GIの勝ち星だけで評価すれば、優れた戦績の競走馬はたくさんいる。それでも、トウカイテイオーの強さは常軌を逸している。

トウカイテイオーは北海道新冠にある長浜牧場という家族経営の小さな牧場に生まれた。そこで長く競走馬生産にかかわってきた長浜スミ子さんが次のようなことを語っている。

競走馬としてレースに出たけど1勝もできなかった馬がいる。せっかく生まれてきたのに能力が足りず、デビューさえできなかった馬もいる。そんなたくさんの馬たちの無念さが寄り集まってあの馬(トウカイテイオー)が生まれたのさ。

たぶん『優駿』に載っていた逸話(残念ながらソースは手元にない)


「ああ、そうだったのか、」

私は素直にこう感じた。テイオーの強さの秘密を垣間見た気がした。最近の表現に例えると『呪術廻戦』の特級怨霊だ。競走馬となる宿命の下に生まれても、能力に恵まれない馬は生きていくことができない。そんな死んでいった過去の馬たちの怨念を背負って走る希代の競走馬、それがトウカイテイオーなのだ。

もちろん、こんなオカルト話が現実にあるはずもないが、関係者が語った様々な逸話の中で、トウカイテイオーの尋常でない強さをこれほど的確に表現したものを他に知らない。
そう考えると、トウカイテイオーの戦績のムラにも説明がつく。競馬界でもっとも価値あるレース・ダービーに勝利したことで、彼が背負っていた怨念は浄化されたのだ。そして、浄化後もここぞというときには真の力を発揮した。それがジャパンカップと有馬記念だったのだと。

「馬だって人間なんだ」という名言があるように、競走馬の生涯は人生の縮図でもある。その短い競争人生の中に様々な栄光と挫折が入り混じっている。そうした競馬の本質をつかみ取り、競走馬を擬人化して創作された『ウマ娘』という作品は天才の所業だと思う。

今回はリアルなトウカイテイオーを中心に取り上げたが、これがアニメの『ウマ娘』でどう扱われ、どう表現されていたのか後編で述べたいと思う。


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